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「一枚の写真があります。防寒着姿で倒れている多くの人々。これは南京陥落後の中国で、日本人が入手した写真といわれています。果たして南京で撮られたものなのでしょうか」
女性ナレーターの説明とともに、川岸に横たわる人々の写真が画面いっぱいに映し出される。昨年10月、日本テレビ系で放送された「NNNドキュメント’15 シリーズ戦後70年 南京事件 兵士たちの遺言」の冒頭の一コマだ。番組は昭和12年12月の南京攻略戦に参加した歩兵第103旅団に属した元兵士らが書き残した日記に焦点を当てながら進行した。
山砲兵19連隊の元上等兵の日記からは次の部分が読み上げられた。
「途中、敗残兵を一千八百名以上捕虜にし其の他沢山の正規兵で合計五千人の敗残兵を捕虜にした」(12月14日)
「捕虜セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス」(12月16日)
直後にはこんなナレーションが挿入された。
「投降した捕虜を殺害することは国際法で禁じられていました」
番組は最後に実際の南京の揚子江岸から見える山並みと写真の背景の山の形状が似ていることを示した。南京陥落後、旧日本軍が国際法に違反して捕虜を“虐殺”。元兵士の日記の記述と川岸の人々の写真がそれを裏付けている-そんな印象を与えて終わった。
番組は今年6月、優秀な番組を顕彰するギャラクシー賞(特定非営利活動法人「放送批評懇談会」主催)の2015年度優秀賞(テレビ部門)を受賞した。だが、果たしてこれが南京陥落後の実相なのだろうか。
◆毎日新聞では「読者提供写真」
中華民国が残した記録を中国政府は中国第二歴史●案館(南京)に保管している。日中戦争の中国側の資料集の一つ『抗日戦争正面戦場』(江蘇古籍出版社・1987年8月第1版)は日本軍の進撃を受け、南京から揚子江を渡って逃れようとする中国兵らの状況を具体的に記録している。
「秩序はなくなり、少ない船にも殺到し、銃が発射された。渡河中の船を狙って発砲する者もおり、破壊され水没する船も出た。多くの荷物を積み込み、沈没する船もあった」(陸軍78軍南京会戦詳報)
「10万の大軍が揚子江の河畔に集まったのに渡河の準備が不十分であった。やむなく筏(いかだ)にしたが溺死するものが多かった」(憲兵司令部戦闘詳細報告)
数少ない船を奪い合った末の同士打ちや多くの溺死者があったことが中国側の公式資料から分かる。日本軍による「大虐殺」があったとの記述は一切ない。静岡県立大名誉教授の高木桂蔵はこう指摘する。
「中国共産党政権側の南京にある中国第二歴史●案館が出した公文書であるにもかかわらず、そのどこにも『南京虐殺』は出てこないばかりか、撤退する中国軍の惨状が描かれている。『南京』をめぐる中国共産党のデマとプロパガンダを示すものだ」
番組を手がけた日本テレビ記者の清水潔は、8月に出版した『「南京事件」を調査せよ』(文芸春秋)で、写真は「戦時中にある日本人が中国で入手したというものだ」と説明した。
だが、この写真は昭和63年12月12日、毎日新聞(夕刊、大阪版)がすでに掲載していた。読者の提供写真だったという。
記事は「南京大虐殺、証拠の写真」との見出しで南京留学中の日本人学生が写真の背景と同じ山並みを現地で確認したとした。
ただ、記事は被写体が中国側の記録に残されているような同士打ちや溺死、戦死した中国兵である可能性には一切触れず、「大虐殺」の写真と報道した。NNNの番組も中国側の記録に触れていない。
旧日本軍の膨大な史料や証言を詳細に分析し、『再現 南京戦』(草思社)で実像に迫った亜細亜大教授の東中野修道は、番組を視聴した感想をこう語る。
「南京陥落後も日本軍と中国軍は城内外で一触即発の状況が続いていたことと、捕虜(POW=戦争捕虜)をめぐる具体的状況が一切示されていない。バランスを欠く構成だった」
◆暴れる捕虜にやむなく発砲
番組は昭和12年12月16、17日に南京城外の揚子江岸で、大量の捕虜が旧日本軍によって殺害されたと伝えた。この捕虜は南京郊外の幕府山を占領した歩兵第103旅団の下に同年12月14日に投降してきた大量の中国兵を指す。東中野は前掲の著書で、おおよそ当時の状況を次のように再現した。
16日の揚子江岸での処刑対象は宿舎への計画的な放火に関与した捕虜だった。17日は第65連隊長、両角業作(もろずみ・ぎょうさく)の指示で、揚子江南岸から対岸に舟で渡して解放しようとしたところ、北岸の中国兵が発砲。これを日本軍が自分たちを殺害するための銃声だと勘違いして混乱した約2千人の捕虜が暴れ始めたため日本側もやむなく銃を用いた。
17日には日本軍側にも犠牲者が出た。このことは捕虜殺害が計画的でなかったことを物語るが、番組はこうした具体的状況やその下での国際法の解釈には踏み込まなかった。
一方で、番組は12月17日の揚子江岸での様子について、65連隊第2中隊伍長が後日描いたスケッチを紹介し、ナレーターに「河原に集められた捕虜を、日本兵の機関銃が半円形に囲んでいます」とスケッチの構図を語らせた。ところが、スケッチを描いた伍長自身は「捕虜を舟で揚子江対岸に渡す」と認識し、機関銃の射撃は「戦闘として行った」と別の機会で証言している。このことを番組は伝えなかった。
立命館大名誉教授の北村稔は日中歴史共同研究(平成18~21年)で中国側がまとめた論文と番組の類似性を指摘した。
「中国側は、30万人の市民殺害を主張するのはもはや無理なので、捕虜の殺害に焦点を絞る、という戦術に共同研究を通じて転換した。番組の全体の構造は、あのときの中国側の論文通りだとの印象を受けた」
番組は「…といわれています」「これが南京で撮られたものならば…」といったナレーションを多用。断定は避けながらも、“捕虜銃殺”を強く印象付けた。
北村は客観的根拠は明示せずに「ほのめかし」を駆使していることについて「中国の謀略宣伝のやり方と酷似している」と批判する。 (敬称略)
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日本テレビ広報部「番組で紹介した資料の詳細についてはお答えしておりません」
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【用語解説】南京事件
昭和12(1937)年12月13日、当時の中華民国の首都・南京陥落後、旧日本軍の占領下で起きたとされる事件。犠牲者数について中国側は「30万人」と主張する。日本では近年の研究で誇大との見方が定着しているほか、「事件」というほどの出来事はなかったとの意見もある。日本政府は「非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できない」との見解を示している。2015年10月には、中国の申請で「南京大虐殺文書」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶(記憶遺産)」に登録された。
●=木へんに堂の土が田
http://www.sankei.com/world/news/161019/wor1610190014-n1.html
5:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2016/10/19(水) 18:19:07.62 ID:a/az0muQ.net
>「河原に集められた捕虜を、日本兵の機関銃が半円形に囲んでいます」とスケッチの構図を語らせた。
まだこんなバカ話やってんの?
機関銃なんて部隊に数門しかないし、戦闘終結直後で弾無いのに。
37:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2016/10/19(水) 23:50:42.68 ID:XdSblOHy.net
>>5
偕行社の書籍にある海軍将校の証言では銃剣で処刑してるね。

38:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2016/10/19(水) 23:55:10.72 ID:57UlFT6N.net
>>37
偕行社は不法虐殺なんて認めてないけどね
最近は否定論に論旨変えたし
40:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2016/10/19(水) 23:58:45.30 ID:XdSblOHy.net
>>38
そこには20万虐殺はあるはずがないという、証言した海軍将校の主張が書いてある。
別に虐殺したという意味で>>37をレスしたわけではない。
南京事件に関する捏造写真の出どころがアサヒグラフな時点でw
