●多勢で5年間も探し回って強制連行の裏付け資料が見つからぬとならば、「連行はなかったらしい」と考えるのが常識だろうに、「資料をかくしているはず」と飛躍するのは学者の研究態度としてはどうかと思う。
●「慰安婦及楼主に対し暴力脅迫行為なき事」という利用規定が存在するのは、そうした行為が起きていたからだ…と言うが、同じ論法を使って刑罰の種類を列挙した刑法典を読めば、わが国は「犯罪天国」になってしまう。
《秦郁彦 「現代史の争点」
他の著書「現代史の虚実」》
●朝鮮の人口に占める日本人の割合は、大正期までは1%足らず、昭和6年でも2.5%にすぎなかった。つまり日本人は圧倒的多数の朝鮮人に囲まれて暮らしていたのが実状だった。その上、警察署長、裁判所の判事・検事、総督府の局長・部長・課長に朝鮮人がおり、道知事や軍人にもいた。
このような状況の中で「慰安婦狩り」などできただろうか。できたとすれば、よほど朝鮮人というのは臆病な人々なのだと解釈せざるをえない。
●吉見教授は、「慰安婦強制連行の証拠が出てこないのは、証拠に残る命令書には記さず、口頭で伝えたからだ」とインタビューで述べている。私は立場の違う人ときっちり議論したいのですが、4月だけで吉見vs秦対談をテレビと雑誌が3回企画して、いずれも吉見さんに断られてしまい成立しなかった。
《秦郁彦 諸君! 2007/7月号》
●戦争が激しくなると、贅沢はいけないということになり、朝鮮の花柳界にあまり人が行かなくなる。それで業者が慰安婦を連れて戦場に行ったというような記録もある。
●倉橋正直・愛知県立大学教授は、朝鮮で発行されていた新聞「毎日日報」に1944年10月と11月の2回、「『軍』慰安婦急募」という広告が出ていた事実を挙げて、1944年になっても売春婦型の慰安婦の募集があったと主張する。
…慰安婦が全て強制連行されたのなら、広告の必要はない。朝鮮の新聞に募集広告があったことは、強制連行がなかった証拠である。
●同教授…「いくらお金のためとはいえ、同胞の女たちが、みずから進んで、納得ずくで、戦地に出かけ、従軍慰安婦になった---韓国人の人たちの立場からいえば、これはどうしても認めるわけにはゆかない。やはり、むき出しの暴力によって、彼女たちが無理やり戦地に強制連行されたと理解したいのである」。
《西岡力 「よくわかる慰安婦問題」》
朝鮮人民間業者が慰安婦を連れまわしていた一例。

日本軍を追いかけ、ラバウルの基地に乗り込んできた慰安婦たち