当時の朝鮮人自身が書き残した日記から、
慰安婦が「普通の売春婦」だったことが
証明されました!!
韓国人にはShocking!!な事に、
日本政府による女性の強制連行等しなくても
慰安所業者が自発的に慰安婦を募集している様子や
女性が自発的に慰安婦を廃業する様子、
女性が給料を受け取る様子や送ってもらう様子
更には慰安婦が映画を楽しむ様子まで
生き生きと描かれていました!
日記は、朝鮮半島南東部・慶尚南道(キョンサンナムド)出身の男性が、ビルマとシンガポールの慰安所で働いた1943、1944年に記した。
漢字やカタカナ、ハングルで書かれている。
韓国では2013年に出版されています。

「日本軍慰安所管理人の日記」
一部の翻訳抜出
12月31日
慰安婦19人が皆同じところに集まって、楽しく新年を祝賀した。
6月9日
今月からは女子は煙草配給がないが、倶楽部の稼業婦に対しては接待用として特別に毎日10本の配給がある。
6月17日
稼業婦の特配米を受け取ってきた。
8月31日
今年4月初めに帰郷した共栄倶楽部の稼業婦、尹○重から無事帰還したという葉書が届いた。
9月9日
村山氏宅で3,4ヶ月も一緒に泊まっていたせいか、私が朝鮮から連れてきていた○子が惜別の涙を流す姿を見ると、胸が痛くなる離別だ。
3月10日
55師団から金川氏の慰安所をマンダレー近くのイエウという所に移転しろという命令があり、今日、某所の部隊長が来て、行こうと言っていたが、慰安婦一同は絶対反対で、行けないとのこと。
8月13日
鉄道部隊で映画の上映があって慰安婦たちが見てきた。
8月4日
「営業ができずごろごろしていて、慰安婦たちも退屈でたまらず」
10月25日
宮本敬太郎と、慰安所の前慰安婦だった現仲居が今般結婚した
3月3日
慰安婦の順子とお染の二人が廃業した
4月13日
眞弓の内地帰還に関する異動届を提出してきた
7月9日
金本○愛と、妹の○愛が廃業のため帰郷する
11月5日
仲居の絹代に対する解雇同意書と、稼業婦の秀美の廃業同意書を交付してもらった。
12月3日
去る7月初旬にラングーンで慰安所を経営していた金田氏は、慰安婦を募集するため朝鮮に行ってきたという。そして今回に慰安婦25人を連れてビルマに帰る道に、シンガポールに到着したらしい
12月5日
西原君のところに行き、遊んでから、金田、徳山等、ビルマで慰安業をしていたが、慰安婦を募集し再びビルマに戻る両氏に会い、故郷の消息を聞いた。

博物館のスタンプが押されている日記現物。
楽しそうですね^^
情報集めたり、翻訳してくれた人には感謝しきり。
