朝鮮の志願兵
昭和18年には6,300人の志願兵募集に対して、実に30万人以上の青年が応募し、倍率は48倍にも達した。血書による嘆願も数百人にのぼり、希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、総督府を困惑させた。朝鮮-人の軍人軍属は242,341人であり、そのうち22,182人が第二次世界大戦で死亡または不明となり帰国していない。
表¥3. 志願者数 年度 志願者 入所者数 競争倍率 1938年 2946人 406人 7.3倍 1939年 12,348人 613人 20.1倍 1940年 84,443人 3,060人 27.6倍 1941年 144,743人 3,208人 45.1倍 1942年 254,273人 4,077人 62.4倍 1943年 303,394人 6,000人 50.6倍概要
下の略年表¥参照
1938年より陸軍特別志願兵を開始、1943年より海軍特別志願兵制度が導入された。
特別志願兵制度の施行以前は、朝鮮-人が一般の兵卒として陸海軍に入隊することはできず、朝鮮-人の日本軍人は洪思翊に代表¥される、陸軍士官学校を卒業して士官に任官した者、李秉¥武のように旧大韓帝国軍から朝鮮軍人として日本陸軍に転籍した者に限られていた。
略年表¥
- 1872年(M6) 徴兵制度はじまる
- 1910年 日韓併合
- 1938年 4月2日 朝鮮総督府・陸軍病気志願者訓練所規定
- 1941年 朝鮮総督府傷痍軍人療養所官制
- 1943年 戦時行政特例法及許可認可等臨時措置法ヲ朝鮮、台湾及樺太ニ施行スルノ件
- 1944年 朝鮮 徴兵検査⇒訓練中に終戦を迎える
- 強制で徴用された軍人は戦地に出る事なく終戦を迎えた。
資料 アジア歴史資料センター Ref. B02031284700
台湾人日本兵
日本の敗戦までに日本兵として軍務に従事した台湾人は80,433名、軍属として徴用された者を含むと総計207,083名の台湾人が日本軍に協力していた。
その内30304名(15%)もの台湾人が戦死または戦病死している。
陸軍特別志願兵制度が施行されると多くの台湾人志願者が殺到し、1942年の第1回の応募には1,000名の定員に対し425,921名(当時の台湾青年の14%に相当)の志願者が応募し、第2回には同じく1,000名の定員に対し601,147名が応募している。海軍特別志願兵制度は1943年に朝鮮と同時に実施された。
第1回は3,000名の訓練生定員に対し316,097人が応募している。その後徴兵制の施行に伴い海軍志願兵制度は1944年に、陸軍志願兵制度は1945年に廃止されたが、それまでに陸軍志願兵約5,500人,海軍志願兵約11,000人が日本軍に従軍している。 その後戦局の悪化により1944年9月から開始された徴兵制度は、1945年に全面実施となっている。
特別志願情況
表¥3. 志願者数 年度 志願者 入所者数 競争率 1938年 2496人 406人 6.1 1939年 12,348人 613人 20.1 1940年 84,443人 3,060人 27.6 1941年 144,743人 3,208人 27.6 1942年 254,273人 4,077人 48.2 1943年 303,394人 6,000人 50.1