李舜臣
李舜臣(1545年4月18日 - 1598年12月16日)は、文禄¥・慶長の役時の李氏朝鮮の将軍。
朝鮮水軍を率いて日本軍との戦いに活躍し、韓国では国民的英雄となっている。
豊臣秀吉が朝鮮出兵を開始(文禄¥の役)すると、水軍指揮官の一人として主に停泊中の艦を焼き払うゲリラ攻撃で功績を立て、後に水軍の全権を掌握した。
日本軍への攻撃命令を無視して動かなかったため解任され、1597年に彼の後任の水軍統制使:元均が巨済島海戦で大敗、戦死すると、水軍統制使に返り咲いた。
しかし慶長の役では小西行長に偽装工作を看破され面目を潰した。
更には、秀吉の死で明軍と停戦合意し、撤退する日本軍に周囲の制止を振り切って、無謀な追撃戦を行った。
その結果、露梁海戦で大敗、敗死する。
開戦当初はゲリラ戦でかなりの功績を示したものの、日本軍が陸海連携して反撃に転じると殆ど戦果をあげることができず、朝鮮水軍の限界を露呈した。
さらに、亀甲船に至っては実在を示す証拠が全く存在しない。
(^∀^)b この人、偉いかな???w