【アリーシュ(エジプト東部)澤田克己】イスラエル軍の攻撃が続くパレスチナ自治区ガザ地区に12日夜、エジプトの救急隊が初めて入り、ガザ市やジャバリヤ難民キャンプの病院から負傷者42人をエジプト側に運び出した。空爆などの間隙(かんげき)を縫った悪条件下の救出について、救急隊のエジプト人医師は「路上にけが人が倒れていても救助できなかった」と無念そうに語った。搬送時の危険性が高く、重傷の子どもを運ぶことも困難という。
ガザ地区の境界から約50キロ離れたエジプト東部アリーシュの軍事病院に運び込まれたワレさん(13)は11日、自宅近くに落ちた爆弾で両足に大けがを負った。一緒にいたいとこは死亡したという。
付き添っていた叔父のゼーネムさん(25)は「ガザの病院には薬もなく、満足に治療を受けられる状況じゃない。私たちはエジプト側に来ることができて幸運だった」と胸をなでおろした。
だが、ワレさんのようにエジプトへ搬送された子供は多くない。救急隊に加わったエジプト人医師、ハッサム・アテフさん(40)は「子供たちの多くは、搬送に耐えられず途中で死亡するリスクが高いと判断され、対象から外さざるをえなかった」と話す。爆撃で破壊された道路を走るため振動が激しく、イスラエル軍の検問で長時間止められる危険性があるからだ。
救急隊は、人道支援搬入のためにイスラエル軍が攻撃を停止する1日3時間の時間帯を使ってガザ地区に入った。それでも途中、イスラエル軍の検問で約30分間足止めされたため、ガザ市とジャバリヤ難民キャンプの計2カ所の病院で負傷者を乗せ、帰路に就く直前に停戦時間が終わってしまった。このため、救急隊は爆弾が落ちてくる中をエジプト側へ戻ることになった。
アテフさんによると、帰路の途中、路上に放置されている負傷者を何人も見かけたが、車を止める余裕すらなかった。「救急車の患者をエジプトへ連れて行くことと、新たな負傷者の手当ての両方はできない。搬送を選ばざるを得なかった」という。アテフさんは率直に「怖かった」と振り返る。だが、「許可が出れば、またガザへ行くよ」と語る口調に迷いは感じられなかった。
( ・∀・ )φ 救急救命くらい寛大なしろよな。朝鮮人みたいな行為だ。ww