【コラム】中国語の辞書には「配慮」という単語がない
2012年に暮らしていた北京のマンションの8階から交差点が見えた。ある日の夕刻、「キィーッ!ガン!」という音が聞こえたので窓を開けると、タクシーと衝突したスクーターが車道に転倒しているのが見えた。スクーターの運転者は血を流して倒れていた。その周辺には数十人が集まっていたが、被害者を病院に運ぼうとする人は誰もいなかった。事故の当事者のタクシー運転手も同じだった。10分ほどしてパトカーが来てから、倒れていた人はどこかへと運ばれていった。中国人の友人は「中国人は他人のことに首を突っ込んで面倒なことになるのを嫌う。被害者を助けたばかりに加害者として疑われたり、証言しようとして公安に何度も出向かなければならなくなったりしたらどうするんだ」と話していた。
中国人も事故に遭った人を知らんぷりすること自体は問題だと思っている。13年には吉林省長春市で70代の高齢者が倒れているのに178人が見て見ぬふりをして立ち去る様子をテレビ局が放映し、「反省すべきだ」と訴えた。しかし、現在も被害者を助けるどころか、様子をスマートフォンで撮影することに忙しい状況だ。
中国の「老百姓(ラオバイシン)」と呼ばれる一般市民の遺伝子には、国家が個々人を守るのは難しいという歴史的経験が刻まれている。13億7000万分の1で生き残るためには、他人のすることにはできるだけ目をつぶり、自分だけの太いコネクションを構築する必要があると信じている。北京に住む人の中に「北漂」と呼ばれる人がいる。「北京」を「漂う」人のことで、北京に戸籍を持たない人同士の結束を指す。孤立しないように細い糸のような縁を編み合わせていこうという動きだ。
中国語の辞書には「配慮」という単語がない。「配慮」に相当する中国語の「関懐」や「照顧」は全て「世話をする」「面倒を見る」といったニュアンスが強い。配慮に内包された「他人を思いやる」という意味合いはない。中国検索サイト大手の「百度(バイドゥ)」に「配慮」と入力すると、「他人の身になって考えるという意味の日本語」という説明が出てくる。
今月9日、山東省威海市のトンネルで起きたバス事故では、韓国人児童を含む10人余りが死亡した。事故現場に残されたブラックボックスの記録映像を見ても、バスから火が出た危険な状況にもかかわらず、乗客を救うために車から降りる中国人は一人もいなかった。記者が中国で購入した乗用車には最初からトランクに消火器が積まれていた。事故が起きたトンネル内にも消火器が配置されていた可能性が高い。消火器がなくても、誰かがバスの窓を割るなどすれば、被害を少しでも減らすことができたはずだ。今回の事故で配慮というものがない中国社会の現状を再確認した。同時に国際関係で配慮を期待するのは愚かだとはいうが、相手が中国ならばなおさらそうだという確信を得た。北朝鮮のミサイルを防ぐための終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に一方的な報復で応じた彼らだ。新政権はそんな中国を相手にしなければならない。