金嬉老
殺人[編集]
1968年2月20日、手形のトラブルが高じて暴力団から借金返済を求められた金は、返済を約束して静岡県清水市(現・静岡市清水区)の歓楽街にあるクラブ「みんくす」で暴力団・柳川組組員と面会。その場で暴力団員2人(未成年の少年1人を含む)に対しライフルを乱射して殺害し逃亡した。
監禁[編集]
逃亡中の翌日には、同県榛原郡本川根町(現・川根本町)寸又峡温泉の「ふじみや旅館」で経営者と宿泊客ら13人[要出典]を銃で脅し、人質にとって籠城した。金は、M1カービン用の30発弾倉を取り付けた豊和工業製の猟銃「M300」とダイナマイトで武装していた。籠城すると、自ら警察に居場所を通報し、警察が民族差別について謝罪することを人質解放の条件とした。88時間にわたった籠城の結果、2月24日に金は報道関係者に変装した静岡県警察の捜査員と記者らによって[要出典]取り押さえられ逮捕された。
これで、刑期満了後、日本人を2人を殺した英雄として土人国に迎えられる。
でも殺したのは柳川組の組員。柳川組は全ての組員が在日。
つまり単なる同胞殺しWWWWWWWW 本当に土人は間抜けWWWWW
で、英雄として帰国してからがまた傑作
1999年9月7日、韓国政府から助力を得て、釜山にて新生活を始めた。2000年9月3日、講演会がきっかけで内縁関係になった愛人の夫の殺害を計画、凶器を持って押し入り乱暴を働いた上に家の中に火を付けて、夫への殺人未遂と放火および監禁事件を引き起こし、シャツとズボンに被害者の返り血が付いたままの姿で現行犯逮捕され服役した。
土人の偉人はこんなもんWWWWWWWWWW