すぐ 1430年 (世宗 12年)
工法施行を控えて世宗大王はえんえん 5ヶ月間国民投票を進行したし身分の高廈を問わず投票権を付与した.
民が好きではなければこれを行うことができない.
各道の報告が皆到着して来たら工法の便宜可否と踏査して弊害を救済するなどの仕事を百官にとって熟考するようにしなさい.
- 世宗実録 12年 7月 5日 -
国民に多くの負担になる税金改革を控えて世宗はいちいち国民の意見を聞いた.
国民投票が終わって世宗は反対意見までき帳面に記録したしえんえん 14年にわたって賛成と反対意見を適切に反映した
工法を施行した.
デモクラシーの概念が落ち着く前民意収斂のために施行された国民投票
世宗大王は “国の税金を決める事はたやすく決める事ではないから民の意を聞いて見よう”とおっしゃいました. 世宗大王は皆が
分かってまた納得するに値する税金納付になるように願ったのです. 以後 5ヶ月の間民の意思を問う大長征に入って行きます.
総 17万名余を対象で可否を調べた結果 9万 8000余人が賛成, 7万 4000余人が反対をしたことに集計されます. 厳密に言えば投票と言うより意見収斂だが当時時代相を思えばすごい事でした.
9万
人が賛成すると言ったが残り 7万名の意思も無視することはできなかったんです. 他の王なら多数決法則に基づいて, 制度を施行するかも
あったが世宗大王はそれほど処理しなかったです. 反対意思を綿密に調査して税法の調整に入ったのです.
世宗は反対の最大の原因が民皆同じな税金を出すには土地の収穫さんも違って, 地域の労動人口数さえ違うというのを 把握しました. そしてそれが単純に卓上行政に止めないように 1436年に工法上程所を設置して 1437年 8月から収穫量が 多いとか生産が有利な全羅道と慶尚道一部を示範事業団地で確定, 工法の適用テストを実施します.
工法制度がどの位実現可能だと判断するとこれをゆっくり拡大して行ったし 4年後忠清道地域まで範囲を拡大します. 最終的に 1444年(世宗 26年) 問題点の修正された工法が発表されるようになります.