新型コロナウィルス禍への日本政府の対応は「サル化」の一例にすぎない。「今さえよければ」と考える「サル」から脱却し長い目で考える時間意識を取り戻さなければ明日はない。
................
日韓はほぼ同じ時期に感染が始まりました。韓国は終息に向かっており、「こうすれば大丈夫」という経験知を積み上げています。日本では深刻な感染爆発はまだ起きていないけれど、それを抑止する手立てを講じたからではありません。朝令暮改的な指示を出して「やっている感」を演出しているだけです。国内メディアはそれでもごまかせるでしょうけれども、海外メディアは容赦ありません。
諸国は先行する成功事例に学ぼうとしています。どこも中国の都市封鎖策に、韓国、台湾が実施した完全隔離・検査体制の充実という成功例を組み合わせた「解答」を真似し始めた。パンデミックについては「カンニング」はありです。真似できる成功事例は何でも真似すればいい。それが人類のためなんですから。
でも、日本はそれができない。安倍政権のコアな支持層は嫌韓・嫌中言説をまき散らしてきた人たちです。韓国、中国の成功例を真似することは「中韓の風下に立つ」ことであり、安倍政権の支持層にとっては耐え難い屈辱だからです。だから、政府はその支持層に配慮して、「日本独自」の感染防止策を実施しているように見せかけることに懸命になっている。しかし、そんな独創的なアイディアを立てられるような能力は日本政府にはありません。
...........
それにしても、どうしてこれほど無能無策な政権が40%を超える支持率を維持し続けているのでしょうか。イデオロギー的に安倍政権を支持しているという人は自民党支持層の半分以下だと思います。では、あとの支持者たちは何を支持しているのか。
...
僕の少年時代には「身の程を知れ」と言って叱りつける大人がまだあちこちにいました。でも、高度成長期を境にそんなことを言う大人はきれいにいなくなった。当然です。高度成長というのは、国民全員が「身の程知らず」の欲望に焼かれ、「分際を知らず」に枠をはみ出し、「身の丈に合わない」仕事を引き受けて、それによって経済大国に成り上がった時代だからです。国力が向上し、国運に勢いがある時には誰も「身の程」なんか考えやしません。真空管を作っていた町工場がハリウッドの映画会社を買収し、神戸の薬局が世界的スーパーになり、宇部の紳士服店が世界的な衣料メーカーになる時代に「身の程を知れ」というのは死語でした。でも、その死語がまた甦ってきた。それは日本の国力が低下し、国運が衰微してきたことの徴(しるし)です。
現政権が支持されているのは「日本が落ち目だから」 人間はパイが大きくなっている時には、分配比率を気にしません。自分のパイが前より増えていればそれで満足している。でも、一度パイが縮み始めると態度が一変する。隣の人間の取り分が気になる。いったいどういう基準で分配しているのか、査定基準を開示せよ、格付けのエビデンスを出せというようなことを言い出す。生産性がどうの社会的有用性がどうの成果がどうのとうるさく言い出すのはすべて「貧乏くささ」「けちくささ」の徴候です。「落ち目になった国」に固有の現象です。
現政権が支持されているのは端的に日本が落ち目だからです。貧乏くさい国では、人々は隣人の「身の程知らず」のふるまいを規制することにはずいぶん熱心だけれども、創意工夫には何の関心も示さなくなる。隣の人間の箸の上げ下ろしにまでうるさく口を出すのは、限られた資源を奪い合うためです。国を豊かにするためではない。
今は船が沈みかかっている時です。積み荷の分配で議論している暇はありません。この船の船底のどこかに大穴が空いている。それを見つけて、穴を塞ぐのが最優先です。そのための時間はもうあまり残されていません。
内田 樹/週刊文春 2020年4月9日号
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200419-00037140-bunshun-pol&p=4