記事入力 : 2021/04/25 06:31
【コラム】「それでも東京五輪に出場したい」
東京五輪を取材すると言うたびに、毎回返ってくる言葉がある。「ところで五輪は本当に行われるんですか」。五輪を取り消すべきだという声も後を絶たない。これは日本現地も例外ではない。自民党の二階俊博幹事長は4月15日の放送で「どうしても無理ならやめなければならない」と述べた。
このような懐疑論を耳にするたびに、誰よりも緊張せざるを得ない人々がいる。五輪出場を控えた「チーム・コリア」の選手たちだ。体操選手のヤン・ハクソンは「選手同士は『五輪がまた延期されるのではないだろうか』という言葉をよく口にする」という。2012年のロンドン五輪で一躍有名になったヤンは、6カ月前に結婚した妻の顔を結婚からこれまで10回ほどしか見たことがないというほど、今回の五輪に全てを懸けている。
金メダル候補に挙げられているフェンシング男子代表チームのエース、オ・サンウクは先月、ハンガリーW杯(ワールドカップ)に参加したことでコロナ患者となった。ク・ボンギルをはじめとする同僚たちは、オ・サンウクが病院で1カ月間にわたって苦しんだ話を耳にして不安におびえた。しかし、五輪に向けた意志をくじくことはできなかった。「私たちも『そこまでしてオリンピックを開催する必要性があるのか』とよく言われます。しかし、そのように話す人々は、私たちの立場に立ったことがないため、分からないんだと思います。私たちにとっては人生が懸かった問題なんです」
東京五輪開幕を100日後に控えた14日、鎮川選手村で出会った選手のうち、コロナが恐ろしくて五輪に出場するかどうかについて悩んでいるという選手は一人もいなかった。ワクチンの副作用について懸念する選手もほとんどいなかった。
その代わり「五輪の舞台に立つことさえできるなら、絶対に注射を打つ」「早く接種したい」という言葉だけが返ってきた。
選手らは今この瞬間も、五輪の大舞台を夢見ながら日夜汗している。外出、外泊、面会が禁止された隔離生活も受け止めている。
彼らの骨身を削る努力を前に「この状況でなぜ五輪を行うのか」という言葉は簡単に言ってはならないのだ。
昨年3月、選手村がコロナにより閉鎖されて以降、多くの選手たちが練習する場所が見つからず、さすらいの生活を余儀なくされた。
水泳の有望株であるファン・ソンウは「昨年は練習できるプールがなかった。今は泳げるところがあってありがたい」と笑みを浮かべる。
トレーニングセンターの前に家を借り「コロナに掛かる心配はなかった」と言うほど、家とトレーニングセンターだけを行き来した。
選手たちは五輪だけに集中してこの1年間を持ちこたえてきた。
五輪はぜいたくであり娯楽にすぎないという人もいるかもしれないが、文字通り人生の懸かった一大事という人もいるのだ。
五輪の正常な開催について懐疑的に見つめる視線があったとしても、「なぜ五輪を開催するのか」という言葉だけはむやみに話すべきではない。日本政府のためではなく、この5年間全てを五輪に合わせて生きてきた選手たちの血と汗を尊重するためだ。
今年7月、東京の地を踏むまでにまだ解決しなければならない問題は山積みだ。
全ての難関を乗り越えて選手団が東京で太極旗を翻しながらコロナで経験した悔しさを振り払う瞬間が訪れることを期待したい。
キム・サンユン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/04/23/2021042380048.html
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そこまでして「大嫌い」な日本に来ることも無いだろうに。
来なくていいよ。
そうすれば、お互いWinWinだろうに。