ちょうど50年前、1959年6月25日、後楽園球場で行われた巨人−阪神戦に天皇陛下(昭和天皇)、皇后陛下(香淳皇后)をお迎えした。“天覧試合”である。
「4月には皇太子殿下(今上天皇)のご成婚があり、その喜びが冷めやらない中、陛下がプロ野球をご覧になる。その興奮と緊張はいまだに体に残っています」。その試合でサヨナラ・ホームランした長嶋茂雄氏(73)は後にこう話していた。劇的シーンは日本国民に大きなインパクトを与えた。さらに「陛下がご覧になったことで、職業野球だったプロが国民に認知されたんです」。
プロ野球は以後、隆盛を極め、国民的娯楽へと浸透し、戦後の荒廃した中から立ち上がっていく人々を勇気づけていった。そこに象徴として皇室の存在があったことは、決して小さくない。
2016年の東京五輪招致は国際オリンピック委員会(IOC)評価委員会が最終視察を済ませた。今月の17、18日にはローザンヌでIOC委員を対象にした開催計画説明会があるが、クライマックスは10月2日、コペンハーゲンでの最終プレゼンテーション、投票による開催地決定である。
争いは熾烈(しれつ)である。オバマ大統領を前面に押し出したシカゴ、サッカーの“王様”ペレ氏をたてたリオデジャネイロ、スペイン国王ファン・カルロス1世が10月の総会出席を表¥明したマドリード…。日本は“顔”が見えないといわれるが、決してそんなことはない。
皇室の存在である。招致を推し進める石原慎太郎都知事は「招致運動そのものはナショナルレベル…。その代表¥に一番ふさわしいのは皇太子殿下夫妻です。日本人の一人としてご夫妻にも頑張っていただきたい」と。すでに宮内庁への打診をしている。宮内庁は“もし、失敗したら…”と慎重姿勢を示しているとも聞くが、過去、スポーツ以外でも芸術、文化、環境などあらゆる分野で日本国民に勇気を与える歴史を示してこられた。世界へアピールするにも心強い存在になるに違いない。
“万世一系”を堅持している皇室。日本は王朝交代したことがない点で他国と基本的に異なる。世界に誇るべき唯一無二といえる日本の体系であろう。「国を挙げて…」という思いが伝わらないわけがない。
50年前、もう一つの出来事…。5月26日、東京五輪(1964年)の招致が決まった。天覧試合とともに直前の「なべ底不況」(57年後半から58年前半)から脱出、景気拡大期間が42カ月という「岩戸景気」につながった。米国発の世界不況の真っただ中にあるが、皇室の存在による五輪招致で“日本発の景気回復”も夢ではない気がする。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/sports/m20090610006.html?C=S