日本の災害や災難に拍手喝采して喜ぶのは今回だけはない。
これが韓国の国民性であることはよく知っている。
安倍首相のニュースを応援する人は、そうではない
[パク・グァンホン記者] 入力 2022。07. 08.14時51分 修正2022。07. 08.15時21分
Ohmynews
前略
(安倍元総理のことで)この急迫した情勢を、我が国の大衆はどのように向き合っているのか、自問自答してみる必要がある。安倍元首相の銃撃事件が起きた直後、日本の友人から、連絡を受けた。彼は大きな衝撃を受けたようで、何よりも強くおこっていた。彼は事件を伝える、韓国側ポータルニュースのリンクをいくつか送ってくれた。
送られてきたリンクを開いてみると、該当ニュースのコメントウィンドウは、驚くべきことに安倍元首相の銃撃事件に大いによろこぶ反応で大いに盛り上がっていた。
「ネチズンたちが、いくら安倍さんがキライだとしても、どうすればこんなことができるのか」という友人の話に、私は何も言うことができなかった。
問題は、国内メディアのコメント欄だけにとどまらなかったことだ。さらに、一部のネチズンたちが、日本放送のコメントウィンドウまで行って、あってはならないことを書き残すのを見て、あまりにも驚いた。衝撃と心配を書き残す日本の人たちの間に、安倍元首相や日本市民を嘲笑する、ネチズンたちの存在は、あまりにも鮮明に見えた。あるYouTube放送では、耐えかねた日本側の人が「もう嘲笑などやめてください」という文を韓国語で残したが、ネチズンたちは止まらなかった。
力が紛争の解決手段として選ばれ、これにより人命にまで危害が加えられた状況で、そんなテロをほめたたえ、日本全体を露骨に嘲笑する一部ネチズンたちの姿。こういう言動が心配されてしかたがない。現在、日韓間に葛藤局面が続いているのは現実であり、安倍元首相を批判することも可能だと思う。しかし、自分と見解が違うという理由で誰かを銃撃したり、さらには、そのようなニュースに歓呼するのは、全く違う問題だ。
民主社会で、テロは決して容認できない。この常識が、単に安倍元首相に対する評価や国家間の葛藤を理由に無視されてはならない。「私たち」と対立すると設定された相手に力を行使し、「勝利」を勝ち取ることは、現実的に可能ではないだけでなく、倫理的にも容認できないことなのだ。
このような動きは結局、相互間の不信と葛藤を増幅させ、複数の懸案の解決をさらに困難にするだけだ。一部ネチズンたちが自分自信のために行っているこのような行動に、社会レベルの省察が行われることを望む。私たちは常識に基づいて、対話とコミュニケーションを通じて問題を提起して葛藤を解決することができる。私たちが志向する生産的な民主主義とは、そういうものである
https://news.v.daum.net/v/20220708145110828