まずこの記事をご参照いただきたい。
駐日ジョージア大使 国民一丸の「国葬」望む「目に余る言動」に心痛める
駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏が9日、公式ツイッターを更新し、安倍晋三元首相の国葬について思いをつづった。
レジャバ氏は「国葬をめぐってメディアや日本の一部のオフィシャルからあれこれと発言が出ていることを残念に思います。それどころか、故人に対する目に余る言動に心を締め付けられております。」とさまざまな意見が飛び交っていることに心を痛めた。さらに「たったひとりでも国外からの来賓があるならば、国民が一丸となって対応することが日本の懐ではないのでしょうか。」と「来賓の思い」が考慮に入れられることなく、意見が二分されている点を指摘した。
続けての投稿では「また、問題があるとすれば機会を改めて吟味すれば良いのではないでしょうか。」と提案。「今は政治ではなく日本全体の姿が試される局面です。」と呼びかけた。「私は、まったく必要なく悲惨な死を迎えてしまった安倍元総理の英霊を敬い、歴史に残る国葬となる覚悟で出席を表明致しました。」と思いを示した。
https://www.daily.co.jp/gossip/2022/09/09/0015626714.shtml
まずは日本国民の民度の低さに失望したであろうティムラズ・レジャバ閣下に衷心よりお詫びする。
そしてその上で国葬儀に参列いただけることを深く感謝したい。
閣下におかれては目に余る言動に心を痛めておられるとのことで返す言葉も無い。
しかしその上で敢えて一言弁明させていただくとすれば
日本には安倍を巨悪に見立てそれを叩くことで正義を成しているという陶酔感に酔いしれ、その快感を優先するが為に遺族、安倍氏を敬愛しその死を悼む国民の心情ですら敵視し、その敵を貶めるためにありとあらゆる手段をとって恥じない。そういう輩が残念なことに日本には居るのです、と。
しかし問題の本質はそこではないのです。
アベを敵視する人というのはすなわちそのまま「日本など只ひたすら他国に恐れ入って居れば良い」という人たちである。そこまで日本を憎んでいる人、というのもそんなに多く居るとは思えない。
にもかかわらず当初は国葬に賛成する人が10ポイント以上反対の人を上回っていたにもかかわらず直近の結果では逆転してしまっている。
読売世論調査でも国葬「評価せず」が56%…説明不足の岸田首相は火だるまに
https://news.yahoo.co.jp/articles/35327589b5291368feb6d7cf08fd408d8383340b/images/000
記事の表題には「説明不足」とあるがそんなものが原因ではあるまい。彼らにとっては納得のいく説明(すなわち「国葬やめます」だ)以外は全て「説明不足」なのだから。
そうでないと最初は何の「説明」も無かったのに賛成の方が反対より遙かに多かったということが説明できない。
賛成から反対に転じた人の心情というのはおそらくこうだ。
「国葬?個人的にはやっても良いと思うよ。でもねあんなに反対してる人が居る。あれだけ反対してる人が居るのに強行することはないんじゃないかな、やっぱやめとこうよと」
こんなところだろう。
旨く行けば行ったで「やれば良いと思ってたから嬉しいよ」と言うだろうし、旨く行かなければ「だから反対してたんだ、俺は」などと言いだすだろう。
要するに覚悟がないのだ。
一見賛成の立場を取っているようで結果としては「反対」。
勿論アベの国葬儀をぶち壊してやろうと目論んでいる者がそのように仕向けているということもあるだろう。
だが問題の本質は反対している者の剣幕に怯えまんまとその思惑に乗っている愚民が大部分であるということではないのか。
東京五輪に反対していた人と国葬をぶち壊そうとしている人は被る、と言われる。
国葬義が無事に終われば(警備費を含めた費用に国会で問題にしている様子を見ると若干の不安がぬぐえない)反対していた同じ口で「やっぱり国葬やっといて良かった」などと言うのだろう。
そして自分達の「反対」が国家的イベントをぶち壊したことの責任などには気づきもしないのだ。
日本人の民度は残念ながらこの程度なのである。
春原は日本の国民にがっかりしている。