中国人と日本人、どっちがウソ¥つき?日本人こそ「ウソ¥っぽい」
MAO的コラム 中国語から考える 第84回−相原茂
このコラムで先日、中国人は「善意のウソ¥」をつく、という話を書いた。
中国人は、自分が遅刻した理由にしろ、人からの誘いに対する断りにしろ、それらしい理由を言わなければ相手のメンツを傷つけることになると考える。しかし人間、いつも本当に「しかるべき事由」があるわけではない。時には、あるいはよく、ウソ¥をつくこともある。ウソ¥をついてでも相手への敬意を表¥す。
これは「善意のウソ¥」である。中国人はそう主張するが、日本人は「ウソ¥をついてごまかしている」と考えがちだ。
そうしたら、中国人に反撃された。日本人こそ「とてもウソ¥っぽい」と言う。親しい中国人だから歯に衣着せずに中国語で挑んでくる。日本人の本質を一言で言うと中国語の“虚偽”(xuwei)になるという。これを私は「ウソ¥っぽい」と日本語に訳したが、「人に対して誠実に対応しない」という意味合いだ。どういうことか。聞き捨てならない。
彼に言わせれば、例えばこういうことだ。
街を女の子同士が歩いている。一人の女の子が、ウインドウに飾ってあるバッグとかスカートとか、まあなんでもよいが、目に留めて一言、「あっ、かわいい」という。
すると、間違いなく、隣の子も、「あっ、ほんと、かわいー」と相づちを打つ、というのだ。ほぼ100%の確率で「かわいー」が聞かれる。人間、そんなに他人と意見が同じになる筈が無い、これは実に「ウソ¥っぽい」。
私は反論する。しかし、そんなことで異議を唱えて何になる。こんなところで、議論しても始まらない。だってそれ、感覚の問題でしょ。人の趣味に異は唱えられない。確かに、時には、ひょっとして心中ひそかに「悪趣味!」などと舌を出すこともあるかもしれない。だが、それは個人の趣味、感覚の領域であり、「ほんと、かわいー」と相づちを打っておけば平和だ。
だが、彼は言う。そこ、そこ、そこがまさしく日本人の「ウソ¥っぽさ」だ。また、同じものを食べているときもそうだ。
一人が「あ、これ、おいしー」というと、自分がどう思っていようと、「ほんと、おいしー」と応じる。
中国人は、こういうときは、自分の味覚に正直に言う。いや、むしろできるだけ人と違う意見を言って、自分は自分だというところを主張しようとする。だからこういう時の日本人にひどく「ウソ¥っぽさ」を覚える。
私は答える。これは味覚の問題だ。味覚については、本人がそう感じるのだからやはり議論すべきものとも思えない。それに「おいしい」と思って食べた方が消化にもいい。こんなことで意見の対立なんぞしてもしようがない。
しかし彼は「まだある。聞け」という。
よく日本人はニコニコして「どうぞ今度家に遊びにいらっしてください」なんて言っておきながら、ちっともちゃんと招待してくれない。日本人特有の「ウソ¥っぽさ」の典型だ。
それに「引っ越ししました」というハガキ。必ず最後には「近くにお寄りの際はどうぞお立ち寄りください」と書いてあるが、あれを真に受けてはいけないと聞いている。あんなに堂々と嘘をついて、みんな平気な顔をしているのはどういうわけだ。国民的“虚偽”(xuwei)だ。
私は言う。それこそが日本の挨拶文化だ。「郷に入れば郷に従え」とも言うだろう。日本で暮らすならそのぐらいの「潜在規則」は心得ているべきだ。われわれも中国に行けば中国の習慣に理解を示す。中国の「ウソ¥」も、一定の距離感のある人に対してだけ発動し、相手のメンツを立てるマナーの類には違いない。日本でだって上司からの電話に出そびれたら、それらしい言い訳を考える。
かくて、微妙な食い違いを残しながらも、「まあ、お互い似たようなもんか」と無理に落としどころをつけて別れたのだが、彼と別れて、歩きながら少し考えた。
我々はこういう波風立てぬ「事なかれ」主義に慣れている。これがいろいろな場面における態度に影響を与えているのではないか。
職場の会議でも、まあいいか、とあまり異義を唱えない。ちょっと違うかな、と思っても、そこで異を唱えることによって起こるその後のいざこざや、感情的な摩擦、そこまでゆかずとも、不愉快な気分の発生などを考えると、おだやかに合わせておくか、そう考える。
「もの言えば 唇寒し 秋の風」だ。
それが習い性になれば、だんだんと反抗的思考はしなくなる。たまに異義を申¥し立てようものなら「おおごと」になる。それこそ辞表¥を懐中にしのばせての「異議申¥し立て」になる。普段おとなしい分、いざ刀を抜くと「殿中でござる」だ。
他方、中国のように、普段から自分の感覚に正直でいれば、みんなが「異議申¥し立て」を平気でするから、意見の衝突もそう珍しいことではない。上司に文句なんて、日常茶飯事だ。喧嘩のような激しい口論が終わると、通り雨がすぎたようにカラリとしている。
ビジネスの場でもそうだ。人の気分を害するような物言いは、出来るだけ避ける。営業先で「なかなかいいですね。考えておきましょう」などという返事を鵜呑みにしていると、いつまで経っても連絡がこないので、どうしたかと電話をすると、とうに却下されているとわかる。「どうしてはっきり言ってくれないのか」と大いに腹を立てたりするが、こういうのも日本人の相手を気遣う文化だ。「返事がないのも返事の一つ」と理解すべきだ。(執筆者:相原茂)