WWⅡ敗戦後、ドイツも日本も連合軍によって戦争を起こした罪で裁かれた。
だがその裁判は戦争当時には無かった事後立法で敗戦国を裁くという誠に理不尽なものだった。
さらにドイツは日本と違ってユダヤ人に対するホロコーストの責任まで追わされ
「人道の罪」なる訳の分からぬ法で一方的に断罪され、国際社会(つまり戦勝国たち)から糾弾されることになった。
敗戦国として両国ともに裁判(ニュルンベルク裁判, 東京裁判)の結果を受け入れるしかなかったが
ここから同盟国であったドイツと日本は戦後処理で異なる歩みをはじめる。
ドイツは戦争責任をナチス党のみに押し付け、ドイツとドイツ国民の責任を認めなかった。
ナチスは国民の正当な選挙で政権をとったのであるから、戦争責任があるならドイツ国家と国民にあるはずなのにもかかわらず、だ。
したがって、国家責任を回避した結果、ユダヤとポーランドには人道的見地から謝罪や賠償を行ったが、その他の対戦国にはうやむやのままきちんと賠償処理をしないまま今日まできている。 だからいまだにギリシャなどから戦後賠償の要求が折に触れて吹き出して後が絶たない。
対照的なのは日本だ。 日本は国家責任を認めて賠償を求めた戦争被害国すべてに対して謝罪と賠償を行った。
それは戦後の国民の困窮にもかかわらず着実に実行され早い段階ですべて決着済に終わった。
(ちなみに賠償算定額よりもはるかに価値の大きな満州、台湾などの地を獲得した中国にはそれを理由に別途の賠償要求をアメリカは認めなかった。更には、韓国のように戦争被害を与えた国でもなく、ただ日本から独立しただけの国に対しても別名目で多額の金を与えている。)
つまり、日本は不本意ながらも敗戦の結果をすべて受け入れ、早期に且つ誠実に対外的にやるべきこと、処理すべきことを迅速に行ったのである。