1910年の韓国併合条約に基づく韓国併合は有効だと日本政府は言う。
しかし、韓国併合は無効ではないか。なぜなら、1905年の韓国保護条約(乙巳条約)は無効だからである。
1905年当時の大韓帝国では、署名された条約は皇帝が条約批准書に署名し玉璽を押捺することにより承認し批准することになっていた。
ところが、韓国保護条約について当時の韓国皇帝である高宗は最後まで署名も玉璽の押捺もしなかった。それだけでなく、1907年に高宗はハーグに密使を送って韓国併合条約の無効を主張している。
このように、韓国は韓国保護条約の批准をしていない。この場合、現在なら「条約に関するウィーン条約」第2条により韓国保護条約は無効となるが、文献調査の結果、1905年当時の国際法でも無効だったことが判明している。
したがって、韓国保護条約は無効であり、韓国保護条約を基礎とする韓国併合条約も無効である。
たとえば、韓国併合条約は当時の韓国統監である寺内正毅が調印しているが、韓国統監は韓国保護条約第3条に基づき任命されているのである。
しかし、先に述べた通り韓国保護条約そのものが無効なのであるから、寺内正毅は韓国併合条約に調印する権限がなかったことになるだろう。