公立学校では朝鮮語は必須科目であった。
統監府は1909年に戸籍制度を朝鮮に導入し、李氏朝鮮時代を通じて人間とは見なされず、姓を持つことを許されていなかった白丁などの賤民にも姓を名乗らせて戸籍には身分を記載することなく登録させた[35]。これにより、身分解放された白丁の子弟も学校に通えるようになった[35]。身分解放に反発する旧両班の人々は激しい抗議デモを繰り広げたが、身分にかかわらず教育機会を与えるべきと考える日本政府によって即座に鎮圧された[36]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本統治時代の朝鮮#社会政策
ソウル大学の李栄薫教授は韓国の「日帝による土地収奪論」は神話であるとし「私たちが植民地時代について知っている韓国人の集団的記憶は多くの場合、作られたもので、教育されたものだ」としており「食糧を日本に搬出したのも市場を通じた商行為に基づくもの」と述べている[100][101]。加えて、朝鮮人の身長が伸びていることから、少なくとも1920年代中頃までは「朝鮮人の生活水準が着実に向上していたのは明らか」である[102]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本統治時代の朝鮮#経済
だれか、反論できる韓国人はいますか?