小西行長、加藤清正ら秀吉の臣下が朝鮮で苦しんだ最大の敵は、飢餓だった
『民族と文明で読み解く大アジア史』増補編4後
日本兵のものと偽って本国に報告
明の提督の李如松はあくどい人物でした。平壌を占領した李如松は朝鮮の民衆の頭を切り落とし、それを日本兵のものと偽って、自らの成果を本国に報告しました。その際、朝鮮の民衆の頭を日本兵に見せるため、前髪を刈り取っています。
『朝鮮王朝実録、宣祖録』では、明の平壌占領で1万人の朝鮮人が死んだという記述がありますが、戦死した者ではないでしょう。日本軍は平壌から速やかに撤退し、大した戦闘もなかったからです。この人数の大半は、李如松が嘘の手柄を報告するために、明軍によって首狩りをされた朝鮮人たちと見るべきです。李如松の首狩りは明軍でも問題視され、調査官が派遣されました。
日本軍も残酷でした。柳成龍の前掲書によると、日本軍は討ち取った明や朝鮮兵士の鼻を削いで、手柄の報告を秀吉にしていました。ただし、日本軍は李如松のような偽装をしていたことはなかったようです。
なぜ、兵糧を調達できなかったのか?
日本軍が短期間で一気に北上し、兵站補給線が長く伸びたため、北部への駐屯部隊へ兵糧供給が追い付きませんでした。勝手のわからない朝鮮の地で、日本軍は簡単に部隊との連絡を取れず、基本的に、兵糧を現地調達するしか方法がありませんでした。つまり略奪です。そして、日本軍が各地で略奪すればするほど現地の民衆の抵抗を強く受けるという悪循環に嵌まっていきます。
当時の朝鮮は田畑が整備されておらず、食糧供給が極めて乏しかったのです。
朝鮮の王朝は田畑を荒れ放題で放置しており、民衆の大半は飢えていました。一部に朝鮮の南部地域の穀倉地帯では穀物生産が豊富であったとする見解がありますが、これはあくまでも他地域と比べ「マシ」だったという程度のことで、「豊富」というレベルのものではなかったはずです。
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食糧の欠乏は「現地調達」に頼っていた明軍も同じでした。明軍5万の兵糧を調達するのは朝鮮側の任務でしたが、それを遂行することなど、もともと不可能でした。これに対し、明の李如松は「約束が違う」と激怒し、柳成龍ら朝鮮の大臣を呼び出し、跪かせ、怒鳴り上げました。柳成龍たちは泣きながら李如松に許しを請うたといいます。そしてますます朝鮮は民衆から食糧を強制徴集したため、餓死寸前に追い込まれた民衆が反乱を各地で起こし、日本軍も巻き込まれたのです。
朝鮮において、日本軍にとっても、明軍にとっても、最大の敵は飢餓だったのです。