GHQはウォーギルトインフォメーションプログラムに協力するものだけを社会の上層部につけたので
その弟子たちはその先生の学説を継承しないと学者として教授職に就けなかった。
彼らウォーギルトインフォメーションプログラム第2世代が抵抗する中、
在野のジャーナリストたちによって真実が掘り起こされてきました。
復員した兵士たちの話を聞いたら
6割も餓死したなんて言ってない。
復員した人たちの数を考えたら4割以上の兵士が帰還している。
計算が合わない。
この著者の藤原彰は1922年生まれ。
GHQに協力することによって教授職を得た人でしょう。
実際は日本兵は残虐な方法で殺されるから投降できなかったのです。
容赦なき戦争 ジョン・ダワー (著), John W. Dower
https://www.amazon.co.jp/容赦なき戦争-平凡社ライブラリー-ジョン・ダワー/dp/4582764193#customerReviews
ここのレビューに本書から抜き出した部分があります。
p128、仲間とはぐれた日本兵を放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように駆け出すところを銃の標的として楽しんだ。
p130、ブーゲンビル島で、投稿しようとした日本の負傷兵たちを、オーストラリア司令官が射殺するように命じた。
p132、46年の従軍記者の以下の記事。
「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、
傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ・・・」
p136、例えば日本の輸送船を沈め、その後1時間以上もかけて何百、何千という生き残り日本兵を銃で撃ち殺したアメリカの潜水艦長は、
この虐殺をその公式報告書に記録し、しかも上官たちから公の賛辞を与えられた。
p143、洞窟には、降伏しようとしたにもかかわらず「もどって最後まで戦え」と突き返された日本兵の死体が山と積まれていた。
p144、日本軍の入院患者は皆殺しにされ、オーストラリア兵は捕らえた日本兵たちを収容所に運ぶ途中、たびたび飛行機から放り投げ、それを腹切り自殺と報告した。
同、タラワ環礁で、捕らえられた数少ない日本兵を一列に並べ、英語で答えられる者だけを残し、あとはみな殺させた海軍士官。
このように日本兵は「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓に従っただけではなく、現実に、投降は非常に困難な状況だった。
疑惑の人物、藤原彰氏の最後の著作『餓死した英霊たち』は、連合国軍のこうした日本人捕虜虐殺を、「隠蔽する目的」で作られたものではないだろうか。
以上、この本を読んだ人が説明してくれています。