プラザ合意
[ Plaza Accord ]
1985年アメリカ, フランス, ドイツ, 日本, イギリス(G5) 財務長官がニューヨークプラザホテルで外国為替市場に介入して米ドルを日本円とドイツマルクに対して切り下げさせることに合議したことを言う.
プラザ合意以後 2年間円とマルク貨はドル貨幤に対してそれぞれ 65.7%と 57% 切り上げされた. しかし円価値の上昇(円高)は日本企業の輸出競争力を弱化させて ‘忘れてしまった 10年’の原因を提供したという評価を受けている.
韓国に及ぼした影響
プラザ合意で 1986年度から 1989年度に至るまで大韓民国は経常収支黒字を見るなどの利益を見たが日本と輸出競争品目が多い状況で円の価値が上昇して相対的に韓国製品安値だったからだ. 時期的でも油価下落, 金利引下げ, 1988 ソウルオリンピックによる投資拡大などが同時にかみ合ったし, この時の好況を低油価, 低金利, 低為替がかみ合ったと言って 3あの好況だと言う.
