現代韓国・朝鮮政治が専門の慶応義塾大学・西野純也教授に話を聞きます。
(Q.突然の『非常戒厳』の発令でした。どう受け止めましたか)
西野純也教授
「大変、驚きました。今の韓国でまさか起こるとは、皆思っていなかったと思います。今年の夏に、野党議員から『尹政権が戒厳令を考えているのではないか』という問題提起がありましたが、今の民主主義の韓国で起こるとは思っていませんでした。非常戒厳は軍人出身政権の時代に行われてきたもので、民主化からもう40年近く経とうとしている今起きたことに、韓国の方々は大きなショックを受けていると思います」
改めて、韓国の『非常戒厳』とは、憲法第77条で定められていて、緊急時や公共秩序を維持が必要な場合、大統領は戒厳令を発令できます。
この戒厳令の中には『非常戒厳』と『警備戒厳』の2種類があり、非常戒厳の方が、軍の統制がより広範囲になり、国会と地方議会・集会・デモなどの政治活動や、社会混乱を助長するストライキなどが禁止され、全ての報道と出版が統制されます。
尹大統領は非常戒厳を発令した理由として「国会が自由民主主義体制を崩壊させる怪物になった。北朝鮮に従う勢力を精算し、憲法の秩序を守る」などを挙げています。
(Q.戒厳令の中でもより厳しい『非常戒厳』の発令になぜ踏み切ったのでしょうか)
西野純也教授
「昨日の記者会見をみると、尹大統領が精神的に追い込まれていることが分かりました。少数与党で発足した政権で、4月の総選挙の敗北で、野党が圧倒的多数の状態が任期中ずっと続くことになりました。予算や法律が通りにくい状況で、さらに、政権の閣僚たちが次々と弾劾されています。大統領は拒否権で凌いでいますが、厳しい状況です。それに加えて、大統領夫人の問題もあります。大統領のこれまでの言動をみると、夫人を守りたい気持ちが強いようですので、どんどん攻めてくる野党に対して今回の措置をとったのではないかと思います」
(Q.非常戒厳を発令した理由のなかで『北朝鮮に従う勢力を精算する』としていますが、“北朝鮮に従う勢力”は本当にいますか)
西野純也教授
「韓国の保守勢力の方々は、いわゆる進歩勢力が北朝鮮と何らかの形で結びついているという認識を強く持っています。とりわけ、尹大統領や側近は、その認識がかなり強いのではないかと思います。実態はともかくとして、国会における野党の攻勢が、北朝鮮と裏で結びついていると、大統領やその周りが強く認識していると。しかし、国民の多くは恐らくそう思っていないので、今回の非常戒厳はかなり無理があった措置ではないかと思います」
(Q.そこには尹大統領のキャラクターや流儀は反映されていますか)
西野純也教授
「韓国ではよく“検察スタイル”と否定的な意味で語られています。一度、犯人が黒と決めると、それに向かって追い込んでいくスタイルのことで、まさに尹大統領のスタイルは、一度決めたら猪突猛進で進んでいきます。そういった尹大統領の個人的なスタイルが、今回の決定にも反映されたと思います」
(Q.非常戒厳は夜遅くに発令されました。このタイミングは重要になりますか)
西野純也教授
「夜遅くに発令することで、野党側の動きを封じることができると考えたのではないでしょうか。皆が寝静まっている時間で、野党議員もなかなか集まりにくいと考えたのだと思います。ただ、野党議員が極めて迅速に国会に終結して、解除を求める決議を行いました。恐らく尹大統領が考えていた、奇襲によって相手側の動きを封じようという思惑は、見事に的が外れたと言わざるを得ません」
戒厳令の解除要求には、国会議員の定数300人のうち、190人が賛成しました。現在の議席数は…与党・国民の力は108人、最大野党・共に民主党は170人となっていて、現地メディアでは、賛成した議員のうち、18人は与党・国民の力の議員だと報じられています。
(Q.野党6党は尹大統領への弾劾訴追案を国会に提出しました。今後はどうなりそうですか)
西野純也教授
「国会で議員の3分の2にあたる200人が賛成すれば弾劾が可決されます。それには与党議員の立場が重要で、とりわけ大統領と面会したと言われる、与党代表の韓東勲(ハン・ドンフン)氏がどういう立場を取るかが重要だと思います」
(Q.野党全員と与党議員8人が賛成すれば200人になり、弾劾訴追案が通ることになりますね)
西野純也教授
「非常戒厳の解除要求では、与党議員の18人が賛成したということなので、この議員たちがそのまま立場を維持すれば、弾劾訴追案が可決することになります。ただ、保守系議員のなかには、尹大統領はともかくとして『韓国の将来を考えると、保守系の大統領が2人続けて弾劾されるのはよろしくない』という考えを持つ方もかなりいると思います。そういった方々がどういう判断をするのかがポイントになると思います」
(Q.尹大統領は日本と友好的な関係を築いてきました。辞任に追い詰められた場合、今後の日韓関係や、対北朝鮮への安全保障はどうなると思いますか)
西野純也教授
「尹大統領が弾劾罷免されて、新しい政権が革新勢力になると、日韓関係は厳しくなるという見方が多いです。ただ、必ずしもすぐそうなるとは思っていません。かつてとは、いくつか違う要素があります。一つは国際情勢が厳しくなっていて、日韓が協力する必要性が高まっていること。また、文在寅政権の時、日本は安倍政権で関係が良くありませんでしたが、今の石破政権は日韓関係を重視する姿勢を示しています。さらに言えば、大統領選挙で革新勢力が楽勝で行けるかという点についても、大統領選挙に出てくる人物や構図がどうなるかにも依存するので、予断することは禁物ではないかと思います」