全羅道はデモクラシーに対する渇望は朝鮮時代からあった.
518 光州民主化運動が発生した時朝鮮時代の東学農民革命のように全国に広がることを防止するために一番近くの全羅北道を軍事政権は力強く統制した.
一言で国民一揆で軍事政権の沒落をするようだから力強い独裁を手段にしたのだ.
朝鮮時代には東学百姓軍の力で阻むことができなくて清と日本が介入されて百姓軍を虐殺したが軍事政権では当時理念戦争をしていたベトナム戦争に派兵してその戦争を理念のめがねで国民を眺めながら軍事力で国民を虐殺したのだ.
そんな軍事政権の主張を信じることが慶尚道人々だろう....奴隷根性だよ..
慶尚道で重工業みたいな産業が発展したことはたぶんそんな奴隷根性も一つの原因だったろう. 奴隷のように仕事がお上手だから.