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朝鮮南部連続少女誘拐事件 ウィキより転載
犯人は京畿道京城府本町(現大韓民国ソ¥ウル特別市中区忠武路)在住の朝鮮人夫妻で、夫は大田刑務所の元看守であった。1932年(昭和7年)に、夫は大田刑務所を退職したが、転職の当てがなかったため、とたんに生活が苦しくなった。そして「金儲けは娘誘拐に限る」と称し、妻と共謀して連続少女誘拐と人身売買を手がけるようになった。
最初の事件は、以下のような手口で行われたという。
慶尚北道大邱府南山町(現大邱広域市中区南山洞)の民家に犯人夫妻が訪れ、「俺は京城でも相当な資産家だ。子守娘を雇うのだが、君の娘はどうだろうか。京城の娘はどうも生意気で・・・」と言葉巧みに親を説得し、前金として10円を支払い、その家の娘(当時18歳)を引き取った。その後、娘を京城ではなく中国の天津に連れて行き、1000円で売り飛ばしたという。
その後の7年間、同様の手口で朝鮮半島南部の少女約150人を拐かし、満州国や中国の都市の人身売買市場に連れて行き、約60000円を荒稼ぎしたという。
1939年3月4日、全羅南道光州府(現光州広域市)から連れて来られた少女(当時18歳)は、身の危険を感じて犯人宅から逃亡した。すると、犯人は大胆にも「自分の姪がいなくなった」と東大門警察署に捜索願を届け出た。ところが署員が不審に思い犯人を問い詰めたところ、犯人は7年間に渉る誘拐・人身売買を自白し、あえなく御用となった。