
1969年1月に三星電子工業株式会社が設立され、12月には三星三洋電機が設立、電子産業に進出した。1970年1月には三星NECが設立され、白物家電やAV機器の生産が行われた。これらは、サッカリン密輸事件からの起死回生を図るサムスン総帥の李秉喆(イ・ビョンチョル)が三洋電機の井植歳男やNEC・住友商事の協力を得て主導したもので、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。
大多数の企業が、日本が残した企業や工場の財産を米軍政が韓国人に払い下げた企業(米軍政維持費の名目で10%はジョン・ホッジ将軍が手にした)。
その韓国人はみんな日帝時代に日本企業に勤めていた末端の職員。
サムスン、ヒョンダイ、SKなども日本企業の払い下げを受けた代表的企業。
敵産(日本人が韓半島に残した財産)は莫大で、米国は戦争賠償金として使おうと考えたが、李承晩がマッカーサー将軍と交渉した末、韓国に帰属することになった。