「薬物使い放題」の大会へ懸念強めるWADA、背景には米国との関係悪化も
2025/04/10 10:00 読売世界反ドーピング機関(WADA)は今、「エンハンスド・ゲームズ(Enhanced Games=強化された大会)」と名付けられた競技大会の開催計画に神経をとがらせている。
問題を複雑にしているのが、ロシアや中国の薬物問題をめぐる、WADAと米国の関係悪化だ。
「Enhanced」には、薬物を使った競技力向上という意味もある。
その名の通りこれは、WADAの規定や薬物検査を無視して、ドーピング薬物「使い放題」をうたう異色の競技大会のこと。
豪州出身のビジネスマン、アロン・デスーザ氏が2023年に開催方針を打ち出した。
開催が見通せない状況が続いていたが、今年2月に転機が訪れる。
ドナルド・トランプ米大統領の長男、ドナルド・トランプ・ジュニア氏が参画している投資会社「1789キャピタル」が、多額の資金援助を行ったのだ。これにより今年あるいは来年に、米国で第1回大会が開かれる可能性が出てきた。
WADAのウィトルド・バンカ会長は3月27日、理事会後のオンライン記者会見で、この大会への懸念が主要議題の一つになったことを明らかにした。
「WADAは、選手たちに禁止薬物の使用を奨励するような大会を、危険で無責任なものだと強く非難する。我々の理事会には国際オリンピック委員会(IOC)、各国政府、選手代表らがいるが、全員の一致した見解だ」。
WADAは、各国政府とIOCなどスポーツ界が半々出資し代表を送る、半官半民の組織。その総意の重みを強調した。
ドナルド・トランプ・ジュニア氏の関与する投資会社が資金援助を行ったことへの懸念を聞かれると、「WADAの相手は米国政府であり、その(反ドーピングの)方針が変わったとは聞いていない。息子が何をしようが、それは政府としてのスタンスではない」とかわしつつも、こう苦言を呈した。
「米国での開催を公表しようとしていると聞いているが、我々はこの状況に対し、米国反ドーピング機関(USADA)が沈黙を守っていることに非常に驚いている。非難声明等を出したとも聞いておらず、明確な意思表示を促したい」
スポーツの根幹の公正さ 蝕むしば む
米国などの報道によると、「エンハンスド・ゲームズ」は、人間の可能性の追求をうたい、陸上、水泳、体操、重量挙げなど数競技の実施を計画。
ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持つ陸上男子100メートルの世界記録9秒58、及び競泳男子50メートル自由形の世界記録20秒91を最初に破った者に、それぞれ100万ドルの賞金を出すとしている。
薬物使用は「自由」で、医師による薬物投与や、健康被害を防ぐための診断も受けられるという。
ただその概念は、WADAやスポーツ界が掲げてきた、なぜドーピングは禁止されるのかという根本的な理由と真っ向から対立する。
スポーツの根幹は、対戦する選手同士がルールを守るフェアプレーにあり、反ドーピング体制は競技の公正さを守るものだという考え方だ。
医者でもあったジャック・ロゲ前IOC会長は、「競技を見る者が、選手の努力をたたえる代わりに『どんな薬物を使ったんだろう』と問うようになれば、スポーツの感動はなくなり、ただの見せ物になってしまう」と語っていた。
薬物使用が及ぼし得る選手の心身への害も、ドーピングが禁止されてきた大きな理由だ。
米紙は、薬物使用の競争が引き起こす選手の健康への影響を、専門家にこう語らせている。
「まるで人体実験だ。(医師の診断を受けられるというが)健康被害の限界は、健康被害が出てからしか分からない。体は薬物の効果に慣れるので、同じレベルの効果を求めるなら、薬物の量を増やすしかない。薬物使用で、不整脈や心臓発作、心臓突然死などが起きる可能性が常について回るだろう」