日本古代史に最も影響を及ぼしたのは何といっても百済ということができる。日本書紀を見れば「百済近肖古王405年に王仁博士が千字文と論語を持って日本へ渡り、聖明王552年に怒利斯致契が仏教を初めて伝播した」となっている。
当時、日本政府の要職の国防大臣や文部大臣など、すべて到来した百済人を任命したことで発生した言葉が「アマクダリ」(天下り)だ。
これは「空から降りた人」という意味で、現在でも高級官僚が退職して関連機関の幹部などに降りて行くことを「アマクダリ」という。
その当時、日本の首都は滋賀県近江であり、673年に飛鳥地方へ遷都し、また再び710年に「奈良」に移転する。この時から784年までを「奈良時代」という。
「ナラ」という言葉は「ウリナラ(我が国)」の略語として、当時日本の首都であった場所を百済遊民らは「ナラ」と呼び後に漢字をあてて「奈良」になった。百済遊民らは消えた祖国百済を「大きな国(コンナラ)」といったが、この言葉が変わって「クンナラ→クダラ(百済)」になった。百済(ペクチェ)を「クダラ」と呼ぶのはこれに起因する。
日本に渡った百済遊民は新羅(シンラ)を「シラギ」、高句麗(コグリョ)を「コクリ」と呼びながらも、百済に対してだけは絶対に「ハクサイ」とせずに「大きな国」すなわち「クダラ」と呼んだことを見れば、彼らの執念がどれほど強かったかを察することができる。このような言葉に対する執着は、私たちの固有な風習を見れば簡単に理解できる。
多くの兄弟がいる時、本家は先祖に対する祭事や全てのことを主管するから財産を全部譲られ、他の兄弟より豊かで多くのことを内包する。したがって今、百済遊民らが生きている日本が「ナラ(国)」ならば、百済は一番上の兄格の「大きな国(コンナラ)」という意味から出た言葉が「クダラ」だ。
「クダラナイ」という言葉は直訳すれば「百済に無い」になる。言葉の意味は「つまらない」だ。「良くて立派なものはみな百済にあるのに、これは百済にない。だから、つまらない」という言葉だ。
慶一大総長・イ・ナムギョ
http://www.imaeil.com/news_img/2009/column/20090721_170342000.jpg
「アマクダリ=百済からの渡来人」
「奈良=国」
「百済=大きな国」
「クダラナイ=百済に無い、つまらない物」
だそうです。
ちゃんと覚えましたか?
朝鮮人の劣等感と妄想には限界が無いですね。
最近の日本では韓流ドラマや韓国製品を「クダラナイ」と呼んでいますね!^^
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