魚肥や下肥といった優秀な肥料が、江戸時代の森林破壊を食い止めたらしい。
それまでの草木灰などの肥料は、多くの木を必要としたので、森林破壊につながりやすいらしい。
問題は、農民が平野部に進出してからだ。
灌漑制度が発展して平野部でも農業が出来るようになると、多くの田畑に大量の肥料が必要になる。
朝鮮王朝の場合、17世紀に平野部へ開拓が進み、人口が増えた。だが、それと比例して、山に木が無くなっていったと考えられる。
中国も、人口激増に伴って、禿山が多くなる。
一方、日本の場合は、魚肥とか下肥とか、山の木にそれほど頼らない肥料が多くなり、多くの木を残せたと言うのだ。
もちろん徳川の山林政策も優秀だったが、肥料も優秀だった。