少し纏めておいたから、勉強してねw
韓国併合記念史 (三章:教育 675〜676)より
1.朝鮮は、日本に中国文明を伝えたと中継地点と考えられてきた。
しかし、今の朝鮮には日本に中国文明を伝えたという形跡が何も無い。朝鮮独自の文学は無いし、中国のコピー文書程度しかない。
2.朝鮮には、猥褻文書が氾濫している。読むに値しない駄作である。
3.文を知っている者さえ、読む程度のことしかできない。朝鮮独自の文学は何も無い。
朝鮮独自の見解も何も無い。新たな理解を得ようとする文書もない。
4.朝鮮の婦人は漢文も読めない。朝鮮には女性文学と呼べるものが無い。
我が内地に支那文明輸入の仲介を為したる当時の朝鮮は知らず、現在の朝鮮に於ける文学は頗る振るわざるも、また甚だしく偶々漢文、漢詩を賦し聯句、律等に可也秀でたるものあれども、更に力量なるものなく、秘史、小説の類行はあるも其の多くは支那の三國史或いは西遊記其の他の支那小説を其の儘翻訳せるものに過ぎず。
時に固有のものをあれば、其れは何れも淫猥極まる。
しかも駄作到底一読し能¥はざるものとて更に上流の家庭には容れられず、僅かに下層労働者が農閑の時、休魚の際或いは倶楽部的の遊び場所に於いて無頼の惰眠の読物として用いらるるに過ぎず。
四書、五経は勿論修養書として最も多く用いらるるも、其の多くは只、素読を為すのみ、更に其の意義を会得するのもの頗る稀なり。
中古殷盛なりし時代に於いても尚ほ自己の研究せし結果を著述出版するとか、然らざれば或書を演述して別に其れに対して新意を出だすとか云う事なく、ただ支那在来の書籍を模擬するに止まり全く自國独特の著作物を出だす事、殆ど是れなかりしなり、文運の振るわざる亦宣なりと言うべし。
殊に、朝鮮の婦人には漢文を解するもの殆どなく、ようやく誘文を読み得るに過ぎず其れすらあまり多からざれば婦人に対する文学的作物は勿論、婦人文学は絶対に見る能¥はず。