豊臣秀吉が朝鮮王に送った命令書を見てみよう。
秀吉は日本を統一した後、次は中国の”明”を征服することを決定しました。これが壬辰の倭乱の始まりです。
そこで朝鮮王に対して明を征服するので協力しなさい。協力しなければまず朝鮮を征服すると通告しました。
当時朝鮮では戦争の準備はほとんど行われませんでした。建国以来、朝鮮は明の一部であるという属国の思想が
体に染み付いていたのです。
朝鮮王は「朝鮮に手を出すことは明に歯向かうこと、日本のような小国がそんなことをできるわけがない」
と甘く見ていたです。「小中華」を自認する朝鮮にとって、日本は野蛮な国でそんな力はない考えていたのです。
朝鮮王は日本の要請を断りました。
それに怒った秀吉軍は朝鮮軍を次々に打ち破り朝鮮全土を制圧しました。
朝鮮の兵は貧弱でした。200年間も戦争がなかったため、朝鮮兵は戦い方を知らなかったのです。
これに対し、日本のサムライは戦乱で鍛えた強者たちで、瞬時に朝鮮兵を数十人、斬り殺したと言います。
また朝鮮の武器は粗悪品でした。朝鮮の刀は日本刀とかち合わせるとボロボロと折れてしまいました。
朝鮮兵は侍を見ると恐れ、将軍たちも我先に逃げたのです。
これに慌てた明はようやく軍隊を朝鮮に派遣しました。このままでは我が国も征服される!これで日本と明の戦いが本格的に始まったのです。
しかし、そのころ、日本では秀吉が病気で死にました。そこで戦いを止めて日本に引き上げたのです。もし戦いを続けていればおそらく明を征服していたでしょう。
これでようやく戦いが終わったのです。朝鮮はいつの時代も属国兵として同じことを繰り返します。
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