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村上春樹の作品の翻訳出版とハングル専用

閲覧数 : 387
JA 255 wiredrunner712 2,811,753
4行要約(w

  ・ 翻訳を行うには、「原書」の内容を忠実に訳すために、「客観的に再検証可能¥な翻訳」を行えなければならない。
  ・ ハングル専用の文章は、不明部分の解釈の際、必ず「読み手の主観」による「文脈を論拠とする解釈」を伴う。
  ・ 上記理由により、客観的な論拠のみによる解釈が出来ない「ハングル専用」の文章は、他言語への翻訳は不可能¥。
  ・ 客観的な翻訳が出来ず、検証方法も無いので、ハングル専用で書かれた文学が、他の言語に翻訳され、他国に紹介される事も殆ど無い


「日本小説の版権」韓国でうなぎ上り 村上春樹の「1Q84」は1億円超 (1/2ページ)
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090801/kor0908011927008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090801/kor0908011927008-n2.htm

【ソ¥ウル=水沼啓子】韓国で、日本の小説の「版権獲得競争」が激しさを増している。値段もうなぎ上りだ。
日本で全2巻の発行部数が200万部を超え、ベストセラーとなった村上春樹氏の長編小説「1Q84」の版権は、
韓国の出版界史上、最高の15億ウォン(約1億1500万円)で落札されたという。「日本小説ブーム」は続きそうだ。
韓国メディアによると、「1Q84」の版権は競争入札となり、激しい争奪戦の末に、
大手出版社「文学トンネ」が落札した。落札価格は公表¥されていないが15億ウォンとみられている。

村上春樹氏の小説は、これまでも韓国語に翻訳され出版されている。
「海辺のカフカ」の版権は6億ウォン(約4600万円)とされ、「1Q84」は2・5倍に跳ね上がった。
こうした傾向は、村上春樹氏の作品に限ったことではない。
韓国内で翻訳された日本文学の作品数は、2000年代初頭は300〜400だった。
それが06年は581、08年には837と増え続けている。
これに伴い、版権の値段も当初30〜50万円だったものが、最近では300〜500万円と10倍を付けるケースも。
(以下省略)



 必要なものは、書き手の才覚とアイディア、文章を記述するためのアイテムだけ。
それが「小説」だ。
仮に、韓国国内で、韓国人が書いた小説の出版権が海外に売れた場合、「輸入原料無しで、多大な外貨を得られた」とでもなるのかな?

 この記事を読んで、 遠い昔、既に物故された、作家のY.T氏、F.D氏とお酒を飲んだ事を思い出しました。
Y.T氏は自作の小説を出すと同時に、英語圏の小説の翻訳の大家でもありました。 映画化された小説も、多数翻訳されてます。
F.D氏は東欧、ロシア文学の翻訳の大家....というよりも、当時はそちら方面の、あるジャンルの小説の翻訳において、実質的に一人で立ち向かっている、という方でした。

その際、翻訳作品について、少し聞かせていただきました。

 翻訳の場合、翻訳を行う方法には人それぞれにいろいろなスタイルがあるそうですが、基本は「直訳」だそうです。
作品そのものに、訳者は何も加えたり減らしたりしない。 意訳では原文と内容が一意対応しなくなるので、原則不可。
辞書には存在しない単語や、辞書的用法では辻褄が合わなくなる部分 (大概の場合、作家が勝手に作った動詞や名詞だったり(^^;) は、まとめて電話で聞き倒す。
お話を聞いた当時は、WEB環境なんて無かった。 今は電子メールでやりとりするみたいですね。


 結果として、辞書や用語、例文集といった「調べるためのアイテム」は、入試をひかえた受験生のものよりも真っ黒な上、付箋で分厚くなっているのだそうです。
とにかく、「原書」に対して徹底的に辞書を引き、客観的な評価軸によって得られる訳情報を、突き詰めるのだそうです。
何だったかな....作品名は忘れてしまいましたが、「シェークスピアの小品の言い回しが理解出来ていないと、正しい翻訳が出来ない」という作品もあったらしいです。
お話しを聞いたのは、大量の情報を瞬時に検索するなどという事が出来ない時代です。 おそるべし翻訳業の方の情報量m(__)m


 さて、辞書や用語集、用例集といった「客観的な論拠」によって翻訳文を得た後に、作品全体を見通し、扱っている内容や雰囲気によって、文にスタイルを与える事になります。
この部分こそが、「翻訳者の文章の見せ所」になります。
 ただし、そのスタイルの変更も、基本は「意味を変えない」事にあります。
意味を加えたり減らしたりする事は、「まず、無い」のだそうです。

 文字通りの「物理的な表¥現」で、そのままではtranslateが不可能¥な部分や、ことわざなどは、翻訳先の言語で、どのように表¥現すれば同一の効果を得られるかを考え、置き換えることはあるが、これは作家担当者などと打ち合わせをして、決定する。
文 のバランス上、一つのセンテンスを二つのセンテンスに分けたり、逆に複数のセンテンスを、意味を変えずに一つにしたり、代名詞/名詞の置き換えは稀にあ る。 しかしそれもまた、「原書」の内容を護るための手法としてであり、協議をした上で採用される。 原書に存在しない意味が加えられることは、無い。

基本はどこまでも原書に忠実に訳す事。 主観による解釈で得た意味は翻訳文には含めない。 主観的な意味の解釈が入り込んだものは、翻訳物としては「評価外」になる。 そのようなものを書けば、仕事が来なくなるとおっしゃっていました。
主観に満ちあふれた解釈による翻訳について、今なら、「超訳」とでもおっしゃるのかなぁ....Yさんは、そのような翻訳は好みではないと思います。


 後に非常に大好きな作品の原書がどうしても読みたくなり、辞書を片手に自分で訳した事があります。 途中で挫折しましたが(--;
その際、自分の訳文の雰囲気はともかく、意味については、センテンス単位で、翻訳されて出版されたものと完全に一致していたことに、感動したりもしました。

(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;

 さて、なぜこのような事を書いているか?
その理由は、これです。

 韓国国内で、朝鮮語で書かれた小説が、他の言語に翻訳され、韓国外に紹介されることは殆どありません。
その理由を、韓国人は理解出来ているのでしょうか?



 朝鮮語の書物が、他言語に翻訳される事は稀な理由について、韓国人は、しばしばこういいます。

・ 朝鮮語を、他言語へ翻訳の出来る人が、非常に少ない。
・ 朝鮮語は、多彩な表¥現がある。 これを他の言語に翻訳することは難しい。
・ 朝鮮語の言い回しには独特なものがあり、他の言語に置き換えることは不可能¥。

 これらの主張が、正しいものだとは思えません。
もちろん、書かれた小説に対する他国の出版社からの評価の高低や、販売数の考慮も理由としてあるのでしょう。 
しかし、「翻訳される事が無い最大の理由」は「朝鮮語」そのものにあるのではないのですか?
「ハングル専用の文章が他国の言葉に翻訳出来ない理由」は、これではないのですか?

¥"主観を交えず、客観的な論拠を元に翻訳する¥"という事が、
朝鮮語、特に¥"ハングル専用¥"で書かれた文章では、不可能¥。



 ハングル専用で書かれた文章について、日本人はしばしば指摘しています。
・ ハングル専用の文章は、文章だけから、書き手の意図を把握することは不可能¥だ。


 日本人の指摘に対して、韓国人はしばしば同じ反論を行います。
・ 不明な部分は、文脈で理解出来る。 文章だけから、書き手の意図を把握することは可能¥だ。

*:あまりにくだらないので取り上げませんが、
「書かれた¥"状況¥"や、日常での使用頻度によって、確率論的に意味を正しく理解出来る。」
と主張した阿呆な韓国人も、ENJOYの頃にはおりました(--;

この韓国人の反論こそ、「ハングル専用の文章は、客観的な解釈が、不可能¥である」という論拠になるのですよ。


韓国人は、「文脈によって、判らない部分は解釈出来る」と言います。この主張に対して、質問があります。

「正しい解釈に必要な、引用する必要のある他のセンテンス」は、誰が決定しているのですか?

ハングル専用の書籍の全てで、「ここの解釈に必要なセンテンスは、この部分である」と、著者が注釈を書いているのですか?
書籍を読む人それぞれで違う事が想定される「不明」な部分の全てに対して、注釈が書かれているのですか?
そのような注釈など、書かれていません。

意味を理解するために必要な引用部分は、「読み手」が決める事になります。
この部分こそ、「読み手」の主観が混じってしまう部分になります。
翻訳の場合であれば「翻訳者の主観が混じる事」と言い換えられるでしょう。

 翻訳者は、原書の著者、原書の内容に対して敬意を払います。
だからこそ、「訳者の主観」や、「訳者の、属人的な基準による、意味の決定」が、翻訳物に入り込む事を嫌います。
しかし、ハングル専用で書かれた文章は、辞書等による客観的な評価基準だけによる翻訳物を、作成出来ません。
もしも内容に「訳者の主観」が混じったものになれば、それは既に「原書を翻訳した物」ではありません。
翻訳者の主観的解釈が入り込んだものは、内容はほぼ同じかもしれませんが、「原書を引用した、二次創作物」になってしまいます。

韓国人の主張する「文脈による不明部分の解決」という方法こそ、韓国国内で書かれた文学作品が翻訳不可能¥である理由になるのです。

 漢字は、朝鮮語で発生する「同音・同字・異義語」の解決手法でした。
そして、文字通り「文章だけによる、書き手の意図の把握」を実現する手段でもありました。
それを、韓国人は、くだらないナショナリズムの発露として日常生活から追放しました。
結果として「同音・同字・異義語」の解決が出来なくなった。
漢字の廃絶によって

・ ハングル専用で書かれた朝鮮語は、客観的な解釈を行う手がかりを失った。

もっと笑えることは、 

・ 文章の内容を認識する際に、主観によって記述内容を決定している事に気がつかなくなった。

極論を言ってしまえば、「文章を書いた本人さえ、文章だけからでは、書いた内容を、きちんと理解出来ない」 という事になるのです。
そんなもの、誰が読もうと思うのかね(00;


こういう事を書くと「日本人は漢字を誇っている」などと書く阿呆が出てくると思います。
そんな事など、考えた事もない。
漢字を誇る? 「道具」を用いて作ったものを誇る事は、いろいろな国であるでしょう。
「道具そのもの」を誇る馬鹿は、韓国人だけですが?

 もしも例えるなら、こうなるのです。

韓国人はナショナリズムのため、
ライターやマッチを捨て、原始時代の摩擦式火起こし機を使う事にした

日本人の認識は、このように例える事が適切なのですよ。


そして、実際に、韓国ではこんなことになっています。


「火星で白骨死体が発見された」という新聞の見出しに驚いている。
  (「華城」という地名と「火星」という惑星の名前の区別がつかないんだとさ)
「空で起こる地震」という解釈を披露する人がいる。
  (「深発地震」の反意語をハングルで書いたものを「天発地震」と理解する人がいるんだとさ)
「防水と放水」の区別がつかない事件が起きている。
  (今さら説明の必要もないかな)


 native speakerである「韓国人」さえ、「想像」や「主観」をまじえなければ意味を特定する事が出来ない、ハングル専用で書かれた小説。 どのような方法で、主観を交えずに、他の言語に翻訳出来るのですか?
仮に翻訳を行ったとしましょう。 翻訳された文章が、元のハングルの文章に対して「主観を交えたものになっていない」という検証は、どのような方法によって、可能¥なのですか?

もしも「韓国人は優秀である」という主張が正しいのであれば、
何故、韓国人は、日本人に指摘されないと、
「ハングル専用で書かれた文章には、言語上の欠陥がある」と、認識出来ないのですか?



(長文読了、多謝m(__)m)


あんまりあっちいんで、涼しげな玉を(w
neptuneの画像@NASA
雲みたいなものはドライアイスなんだとか。






p.s.(for japanese only)
 もともと「原典」という言葉を使ってこの文章を書いたのですが、翻訳してみたら「原典」が「原子力発電所」と機械翻訳されていました。 あまりに馬鹿馬鹿しいので言葉を変える事にしましたが....「原書」も「願書」と機械翻訳されています(--;
まぁ、「原書」も「願書」も、ハングルの文章では同一の綴りになるんですが。
不思議なのは「原書/願書」を「日本語→ハングル→日本語」と機械翻訳すると「願書/院で」になるのです。
翻訳したハングルでの記述は、どちらも同じ表¥記でですよ? 頭が痛い。

 たまに思うのです。
韓国人に非常に多い「機能¥性文盲」の人は、本当は頭がいい人なんじゃないかなと。
機能¥性文盲の理由は、ハングル専用で書かれた朝鮮語の持つ「意味固定の機能¥に対する欠陥」に気づいているから、意味が特定出来ないと知り、理解出来ないのではないのかな?
もしかしたら、漢字混交の朝鮮語、または「まとも」な他の言語であれば、普通に読み書き出来るのでは?
そして、普通に「ハングル専用の文の意味を理解出来る」韓国人こそ、頭が悪い人なんじゃないかと。
翻訳を見る

무라카미 하루키의 작품의 번역 출판과 한글 전용

4행 요약(w

  · 번역을 실시하려면 , 「원서」의 내용을 충실히 번역하기 위해서, 「객관적으로 재검증 가능인 번역」을 실시할 수 없으면 안 된다.
  · 한글 전용의 문장은, 불명 부분의 해석때, 반드시 「독자의 주관」에 의한 「문맥을 논거로 하는 해석」을 수반한다.
  · 상기 이유에 의해, 객관적인 논거에만 밤해석을 할 수 없는「한글 전용」의 문장은,발설어에의 번역은 불가능.
  · 객관적인 번역을 하지 못하고, 검증 방법도 없기 때문에, 한글 전용으로 쓰여진 문학이, 다른 언어로 번역되어 타국에 소개되는 일도 대부분 없다


「일본 소설의 판권」한국에서 급격한 상승 무라카미 하루키의 「1 Q84」는 1억엔초과 (1/2페이지)
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090801/kor0908011927008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090801/kor0908011927008-n2.htm

【소울=미즈누마 케이코】한국에서, 일본의 소설의 「판권 획득 경쟁」이 격렬함을 늘리고 있다.가격도 급격한 상승이다.
일본에서 전2권의 발행 부수가 200만부를 넘어 베스트셀러가 된 무라카미 하루키씨의 장편 소설 「1 Q84」의 판권은,
한국의 출판계 사상, 최고의 15억원( 약 1억 1500만엔)으로 낙찰되었다고 한다.「일본 소설 붐」은 계속 될 것 같다.
한국 미디어에 의하면, 「1 Q84」의 판권은 경쟁입찰이 되어, 격렬한 쟁탈전의 끝에,
대기업 출판사 「문학 톤네」가 낙찰했다.낙찰가격은 공표되어 있지 않지만 15억원으로 보여지고 있다.

무라카미 하루키씨의 소설은, 지금까지도 한국어로 번역되어 출판되고 있다.
「해변의 카프카」의 판권은 6억원( 약 4600만엔)으로 여겨져 「1 Q84」는 2·5배에 튀었다.
이러한 경향은, 무라카미 하루키씨의 작품에 한정한 것은 아니다.
한국내에서 번역된 일본 문학의 작품수는, 2000년대 초두는 300~400이었다.
그것이 06년은 581, 08년에는 837으로 계속 증가하고 있다.
이것에 수반해, 판권의 가격도 당초 30~50만엔이었던 물건이, 최근에는 300~500만엔과 10배를 붙이는 케이스도.
(이하 생략)



 필요한 것은, 쓰는 사람의 재치와 아이디어, 문장을 기술하기 위한 아이템만.
그것이 「소설」이다.
만일, 한국 국내에서, 한국인이 쓴 소설의 출판권이 해외에 팔렸을 경우, 「수입 원료 없음으로, 다대한 외화를 얻을 수 있었다」라고에서도 되는 것일까?

 이 기사를 읽고, 먼 옛날, 이미 사망 된, 작가의 Y.T씨, F.D씨와 술을 마신 일을 생각해 냈습니다.
Y.T씨는 자작의 소설을 보내는 것과 동시에, 영어권의 소설의 번역의 주인이기도 했습니다. 영화화된 소설도, 다수 번역되고 있습니다.
F.D씨는 동구, 러시아 문학의 번역의 주인....그렇다고 하는 것보다도, 당시는 그 쪽 방면의, 어느A 장르의 소설의 번역에 있고, 실질적으로 혼자서 직면하고 있다, 라고 하는 분이었습니다.

그 때, 번역 작품에 대해서, 조금 들려주었습니다.

 번역의 경우, 번역을 실시하는 방법에는 사람 각자에게 여러가지 스타일이 있다고 합니다만, 기본은 「직역」이라고 합니다.
작품 그 자체에, 역자는 아무것도 더하거나 줄이거나 하지 않는다. 의역에서는 원문과 내용이 일의 대응하지 않게 되므로, 원칙 불가.
사전에는 존재하지 않는 단어나, 사전적 용법에서는 앞뒤가 맞지 않게 되는 부분 (대개의 경우, 작가가 마음대로 만든 동사나 명사이거나(^^;)는, 정리하고 전화로 들어 넘어뜨린다.
이야기를 들은 당시는, WEB 환경은 없었다. 지금은 전자 메일로 교환하는 것같네요.


 결과적으로, 사전이나 용어, 예문집이라고 한 「조사하기 위한 아이템」은, 입시를 기록한 수험생의 것보다 새까만 위, 부전으로 두꺼워지고 있다 합니다.
어쨌든, 「원서」에 대해서 철저하게 사전을 찾아, 객관적인 평가 축으로야는 얻을 수 있는 것 정보를, 규명한다 합니다.
무엇이었는지....작품명은 잊어버렸습니다만, 「세익스피어의 소품의 표현이 이해 되어 있지 않으면 올바른 번역을 할 수 없다」라고 하는 작품도 있던 것 같습니다.
이야기를 (들)물은 것은, 대량의 정보를 순간에 검색하는 등이라고 할 수가 없는 시대입니다. 무서운 것 번역업인 분의 정보량 m(__) m


 그런데, 사전이나 용어집, 용례집이라고 한 「객관적인 논거」에 의해서 번역문을 얻은 후에, 작품 전체를 간파해, 취급하고 있는 내용이나 분위기에 의해서, 문장에 스타일을 주는 일이 됩니다.
이 부분이, 「번역자의 문장의 발휘할 장면」이 됩니다.
 다만, 그 스타일의 변경도, 기본은 「의미를 바꾸지 않는다」것에 있습니다.
의미를 더하거나 줄이거나 하는 일은, 「우선, 없다」 것이라고 합니다.

 문자 그대로의 「물리적인 표현」으로, 그대로는 translate가 불가능인 부분이나, 속담 등은, 번역처의 언어로, 어떻게 표현하면 동일한 효과를 얻을 수 있을까를 생각해 옮겨놓는 것은 있지만, 이것은 작가 담당자등과 협의를 하고, 결정한다.
문 의 밸런스상, 하나의 문장을 두 개의 문장으로 나누거나 반대로 복수의 문장을, 의미를 바꾸지 않고 한데 합치거나 대명사/명사의 치환은 드물게 아 . 그러나 그것도 또, 「원서」의 내용을 지키기 위한 수법으로서여, 협의를 한 다음 채용된다. 원서에 존재하지 않는 의미가 더해지는 것은, 없다.

기본은 어디까지나 원서에 충실히 번역하는 일. 주관에 의한 해석으로 얻은 의미는 번역문에는 포함하지 않는다. 주관적인 의미의 해석이 비집고 들어간 것은, 번역물로서는 「평가외」가 된다. 그러한 것을 쓰면, 일이 오지 않게 된다고 말씀하셨습니다.
주관으로 가득 차 넘친 해석에 의한 번역에 대해서, 지금이라면, 「초역」이라고에서도 말씀하시는지. . . .Y씨는, 그러한 번역은 기호는 아니라고 생각합니다.


 후에 매우 정말 좋아하는 작품의 원서가 아무래도 읽고 싶어져, 사전을 한 손에 스스로 번역한 일이 있습니다. 도중에 좌절 했습니다만(--;
그 때, 자신의 번역문의 분위기는 차치하고, 의미에 대해서는, 문장 단위로, 번역되어 출판된 것과 완전하게 일치하고 있었던 것에, 감동하기도 했습니다.

(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;

 그런데, 왜 이러한 일을 쓰고 있을까?
그 이유는, 이것입니다.

 한국 국내에서, 조선어로 쓰여진 소설이, 다른 언어로 번역되어 한국외에 소개되는 것은 대부분 없습니다.
그 이유를, 한국인은 이해 되어있는 것입니까?



 조선어의 서적이, 발설어로 번역되는 일은 드문 이유에 대해서, 한국인은, 자주 갱의 있습니다.

· 조선어를, 발설어에 번역을 할 수 있는 사람이, 매우 적다.
· 조선어는, 다채로운 표현이 있다. 이것을 다른 언어로 번역하는 것은 어렵다.
· 조선어의 표현에는 독특한 것이 있어, 다른 언어에 옮겨놓는 것은 불가능.

 이러한 주장이, 올바른 것이라고는 생각되지 않습니다.
물론, 쓰여진 소설에 대한 타국의 출판사로부터의 평가의 높낮이나, 판매수의 고려도 이유로서 있겠지요. 
그러나, 「번역되는 것이 없는 최대의 이유」는 「조선어」그 자체에 있는 것은 아닙니까?
「한글 전용의 문장이 타국의 말로 번역 할 수 없는 이유」는, 이것은 아닙니까?

"주관을 섞지 않고, 객관적인 논거를 바탕으로 번역한다"라고 하는 것이,
조선어, 특히"한글 전용"으로 쓰여진 문장에서는, 불가능.



 한글 전용으로 쓰여진 문장에 대해서, 일본인은 자주 지적하고 있습니다.
· 한글 전용의 문장은, 문장만으로부터, 쓰는 사람의 의도를 파악하는 것은 불가능이다.


 일본인의 지적에 대해서, 한국인은 자주 같은 반론을 실시합니다.
· 불명한 부분은, 문맥으로 이해 할 수 있다. 문장만으로부터, 쓰는 사람의 의도를 파악하는 것은 가능이다.

*:너무나 시시하기 때문에 채택하지 않습니다만,
「쓰여진"상황"이나, 일상으로의 사용 빈도에 의해서, 확률론적으로 의미를 올바르게 이해 할 수 있다.」
(이)라고 주장한 바보인 한국인도, ENJOY의 무렵에는 내렸습니다(--;

이 한국인의 반론이야말로, 「한글 전용의 문장은, 객관적인 해석이, 불가능이다」라고 하는 논거가 되는 거에요.


한국인은, 「문맥에 의해서, 모르는 부분은 해석 할 수 있다」라고 합니다.이 주장에 대해서, 질문이 있습니다.

「올바른 해석에 필요한, 인용할 필요가 있는 다른 문장」은, 누가 결정하고 있습니까?

한글 전용의 서적의 모두로, 「여기의 해석에 필요한 문장은, 이 부분이다」라고, 저자가 주석을 쓰고 있습니까?
서적을 읽는 사람 각자로 다른 것이 상정되는 「불명」인 부분의 모두에 대해서, 주석이 쓰여져 있습니까?
그러한 주석 등, 쓰여져 있지 않습니다.

의미를 이해하기 위해서 필요한 인용 부분은, 「독자」가 결정하는 일이 됩니다.
이 부분이야말로, 「독자」의 주관이 섞여 버리는 부분이 됩니다.
번역의 경우이면 「번역자의 주관이 섞이는 일」이라고 해 바꿀 수 있겠지요.

 번역자는, 원서의 저자, 원서의 내용에 대해서 경의를 표합니다.
그러니까, 「역자의 주관」이나, 「역자의, 속인적인 기준에 의한, 의미의 결정」이, 번역물에 비집고 들어가는 일을 싫어합니다.
그러나, 한글 전용으로 쓰여진 문장은, 사전등에 의한 객관적인 평가 기준인 만큼 밤번역물을, 작성 할 수 없습니다.
만약 내용에 「역자의 주관」이 섞인 것이 되면, 그것은 이미 「원서를 번역한 것」이 아닙니다.
번역자의 주관적 해석이 비집고 들어간 것은, 내용은 거의 같을지도 모릅니다만, 「원서를 인용한, 2차 창작물」이 되어 버립니다.

한국인이 주장하는 「문맥에 의한 불명 부분의 해결」이라고 하는 방법이야말로, 한국 국내에서 쓰여진 문학 작품이 번역 불가능인 이유가 됩니다.

 한자는, 조선어로 발생하는 「동음·같은글자·이의어」의 해결 수법이었습니다.
그리고, 문자 그대로 「문장인 만큼 밤, 쓰는 사람의 의도의 파악」을 실현하는 수단이기도 했습니다.
그것을, 한국인은, 시시한 내셔널리즘의 발로로서 일상생활부터 추방했습니다.
결과적으로 「동음·같은글자·이의어」의 해결을 할 수 없게 되었다.
한자의 폐절에 의해서

· 한글 전용으로 쓰여진 조선어는, 객관적인 해석을 실시하는 단서를 잃었다.

더 웃을 수 있는 것은, 

· 문장의 내용을 인식할 때에, 주관에 의해서 기술 내용을 결정하고 있는 일에 깨닫지 못하게 되었다.

극론을 말해 버리면, 「문장을 쓴 본인마저, 문장만으로부터에서는, 쓴 내용을, 제대로 이해 할 수 없다」라고 하는 일이 됩니다.
그런 것, 누가 읽으려고 하는 거니(00;


이런 일을 쓰면 「일본인은 한자를 자랑하고 있다」 등이라고 쓰는 바보가 나온다고 생각합니다.
그런 일 등, 생각한 일도 없다.
한자를 자랑해? 「도구」를 이용해 만든 것을 자랑하는 일은, 여러 나라이겠지요.
「도구 그 자체」를 자랑하는 바보는, 한국인 뿐입니다만?

 만약 비유한다면, 이렇게 됩니다.

한국인은 내셔널리즘 때문에,
라이터나 성냥을 버려 원시시대의 마찰식불 일으켜 기를 사용하는 일로 했다

일본인의 인식은, 이와 같이 비유하는 것이 적절합니다.


그리고, 실제로, 한국에서는 이렇게 되어 있습니다.


「화성으로 백골 시체가 발견되었다」라고 하는 신문의 표제에 놀라고 있다.
  ( 「화성」이라고 하는 지명과 「화성」이라고 하는 혹성의 이름의 구별이 되지 않는다와 )
「하늘에서 일어나는 지진」이라고 하는 해석을 피로하는 사람이 있다.
  ( 「심발지진」의 반의어를 한글로 쓴 것을 「하늘 출발지진」이라고 이해하는 사람이 있다고)
「방수와 방수」의 구별이 되지 않는 사건이 일어나고 있다.
  (이제 와서 설명의 필요도 없을까)


 nativespeaker인 「한국인」마저, 「상상」이나 「주관」을 섞지 않으면 의미를 특정할 수가 없는, 한글 전용으로 쓰여진 소설. 어떠한 방법으로, 주관을 섞지 않고 , 다른 언어로 번역 할 수 있습니까?
만일 번역을 실시했다고 합시다. 번역된 문장이, 원의 한글의 문장에 대해서 「주관을 섞은 것으로 되어 있지 않다」라고 하는 검증은, 어떠한 방법에 의해서, 가능입니까?

만약 「한국인은 우수하다」라고 하는 주장이 올바른 것이면,
, 한국인은,일본인에 지적되지 않으면
「한글 전용으로 쓰여진 문장에는, 언어상의 결함이 있다」라고, 인식 할 수 없습니까?



(장문 독료, 다사m(__) m)


별로 저쪽 있는으로, 시원스러운 구슬을(w
neptune의 화상 @NASA
구름같은 것은 드라이아이스야라든지.






p.s.(for japanese only)
 원래 「원전」이라고 하는 말을 사용해 이 문장을 썼습니다만, 번역해 보면 「원전」이 「원자력 발전소」라고 기계 번역 되고 있었습니다. 너무나 어처구니없기 때문에 말을 바꾸는 일로 했습니다만....「원서」도 「원서」라고 기계 번역 되고 있습니다(--;
아무튼, 「원서」도 「원서」도, 한글의 문장에서는 동일한 철이 됩니다만.
이상한 것은 「원서/원서」를 「일본어→한글→일본어」라고 기계 번역 하면 「원서/원에서」가 됩니다.
번역한 한글로의 기술은, 어느쪽이나 같은 표기로예요? 머리가 아프다.

 이따금 생각합니다.
한국인에 매우 많은 「기능성 문맹」의 사람은, 사실은 머리가 좋은 사람이 아닐까와.
기능성 문맹의 이유는, 한글 전용으로 쓰여진 조선어가 가지는 「의미 고정의 기능에 대한 결함」을 눈치채고 있기 때문에, 의미를 특정 할 수 없으면 알아, 이해 할 수 없는 것이 아닌 것인지?
혹시, 한자 혼합의 조선어, 또는 「정면」인 다른 언어이면, 보통으로 읽고 쓰기 할 수 있는 것은 아닌지?
그리고, 보통으로 「한글 전용의 문장의 의미를 이해 할 수 있다」한국인이야말로, 머리가 나쁜 사람이 아닐까.

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