一つのかなの表音文字が平均すると
10個ほどあったとう。
どれを使うかは、任意だったそうだ。
つまり文字から社会構造を見ると、
しっかりとしたエクリチュールの体系化はされておらず、
どちらの意味とも取れる
常に曖昧さを伴う文化だった事が窺える。
日本人ははっきりしない、
何を考えているのか分からない、
自分で物事を考えられない、
自分で判断出来ないということにつながる。
馬鹿民族には、白黒つける論理思考は無理。
あらゆることを物真似と、長時間労働で対応するしかない。
これからもアメリカや中国からタカられて、
韓国に難癖付けられて生きていく民族でしかない。
だって馬鹿だから(笑)
ばーか