W・F・サンズ『極東回想記』

W・F・サンズ (William Franklin Sands, 1874-1946) は米国の外交官で、ジョージタウン大学を卒業後、東京での勤務を経て1898年にソウルの米国公使館に赴任した。高宗の顧問として朝鮮の改革に努力したがこれといった成果を出せず、日露戦争の開戦とともに帰国した。
本書 (Undiplomatic Memories: The Far East 1896-1904) は1930年にニューヨークで出版され、序論と日本に関する1章を除いては、すべて朝鮮に関する記述である。

なぜ朝鮮がこれほど荒廃しているのかに対するここの人々の説明は、実に朝鮮的である。彼らの言葉によると、できるだけ外国人を落胆させるために沿岸部は荒廃させ、内陸では虎を追い出すために森を焼き払い、山はその頂上にある土壌が流れて来るように崩したのだそうだ。
朝鮮人は、村に定着したばかりの遊牧民族のような印象を与える。都市には遺跡があり、規模も大きくきわめて栄えていたらしい王宮があり、人里離れたところにはイングランドやウェールズで見られるドルメンや石柱がある。それらを眺める彼らの様子は、イスラエル人が鉄道や複雑な機械を見るように当惑している。何も理解できず、また理解しようともしない。
洪水の季節を除いて、青いごみだらけの下水は床に沿って染み出し、腸チフス・天然痘・コレラを伝染させる。こんな井戸で女たちは楽しげに洗濯をし、毎日食物を洗う。排水路の表面から悪臭がするこの浅い井戸よりひどいものはない。家からは、土俗の食品であるキムチのすっぱい臭いがする。
朝鮮はこのような過渡期的外交の最も良い事例である。なぜなら朝鮮は、内部的に脆弱であるのみならず、列強間に確実な公式的保護国や友好国がないという点で、極東国家の中で最も弱い国だったからだ。
日本人や中国人はときどき自分たちだけで集まって気分転換をすることはあっても、面倒を起こすことはほとんどなかった。しかし朝鮮人の下人たちは彼らどうしで放っておくことができなかった。彼らは問題を起こすので支配を受けなければならなかった。
人々は朝鮮人を、世界で最も臆病な人々だという。彼らが国内外的に圧迫を受けて来たため、権威の前で萎縮するという点はある面で首肯できる。そうかと思えば彼らは、ロシアの農夫のように目に入るものを片っ端から破壊する。
朝鮮人ほど統治しやすい民衆はない。

朝鮮の芸能人は東洋の他の国でよりも身分が低く、妓生が権力者の家や宮中に出入りを許されるとは言っても、日本の芸者ほどの待遇を受けていなかった。
妓生たちは顔もきれいではなかった。私は朝鮮女性のどの階級ででも、美しい女性を見たことがない。
朝鮮人が朝鮮のためにやらかした最悪のことは、伊藤博文を暗殺し、私の後任者であるスティーヴンス (Durham W. Stevens) を殺したことである。私が朝鮮の際立った人物たちと閔泳煥のような熱烈な愛国者たち、そして皇帝とそのお喋りな内待たちから聞いたことを総合すると、日本の天皇が容認した伊藤卿の提案とは、日本・中国・朝鮮間に緊密な同盟関係を結ぶ方向だったことを示していた。