●(1905年の日露戦争の勝利により)有色人種が先天的に劣っているという誤解を日本が打破してくれた。
日本が有色人種を白色人種の奴隷から救ってくれるので、
有色人種は日本を指導者として従い我々の夢を実現しなければならない。
ウィリアム・デ・ボイス(アフリカ解放の父)
●1919年、ベルサイユ講和会議で、日本は五大国の一員として席に着いた。日本はアジア問題の発表者だった。他のアジア諸国は、日本をアジアの「先頭馬」として認め、その提案に耳を傾けた。
白人人種にできることは日本人にもできる。人間は肌の色で異なるが知能に違いはない。
アジアには強い日本があるから、白人人種はアジアのいかなる人種も見下すことはできない。
日本の台頭は大和民族に権威をもたらしただけではなく、アジア全民族の地位を高めた。
孫文(中国革命指導者)
(このとき、常任理事国であった日本は世界で初めて「人種差別撤廃条項」を提起した。それは時代を先取りした画期的なものだった。しかし、アメリカの反対で否決となる。日本はアメリカが反対した事を議事録に記録するようにと指示。アメリカの黒人社会は怒り、暴動がおきた。)
●日本が戦争を始めた理由は、フィリピンを初めとする東洋へのアメリカの進出を、
いかに日本が恐怖に感じたかを理解しなければ分からないだろう。
また1941年に、アメリカが日本へのいっさいの石油資源の供給を絶った時の
日本の感じた深刻さも無視することはできないであろう。
デイリー・メイル紙(英国)
●日本は、フイリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。
しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための
石油なしに存立できなかった。
非常な平和愛好家である首相の近衛公爵は、ワシントンかホノルルに来てもよいから
ルーズベルト大統領と会談したいと、繰り返し要望していた。
彼は、戦争を避けるためには、米国側の条件に暫定協定の形で同意する意思があったが、
ルーズベルトは、日本首相との話し合いを拒否した。
ハミルトン・フイッシュ(米上院議員)
●米国が戦争に追込まれたというのは、歴史を歪曲するも甚だしい。
米国が余りひどく日本を挑発したので日本は真珠湾攻撃を仕方なく決断したのだ。
オリヴァー・リトルトン(英保守党内閣・生産相、1944年)
●我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、
350年間に亘り幾度か屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知なスパイ網と強靱な武力と
苛酷な法律によって圧倒され壊滅されてしまった。
それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。
インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である。
アラムシャ(インドネシア元第三副首相)
●日本はどんな悪いこ事をしたと言うのか。
大東亜戦争でマレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。
わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。
私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。
日本は敗れたが英軍は再び取り返すことができずマレーシアは独立したのだ。
シャフィー(元マレーシア外務大臣)
●日本は西洋諸国の植民地を解放した罪によって罰せられたが、その四半世紀もたたないうちに、
1960年(昭和35年)に国連が植民地を保有することを不法行為であると宣言し、
その後、国連総会が植民地の保有を犯罪として規定すらした。
レーリンク(極東国際軍事裁判蘭代表判事)
●アジアは遂に立ち上がった 自分を捨てて全力を尽くす
連合国を壊滅させるためなら 命は惜しくない
進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸福を
古きアジア 不幸に苦しみ 激しい圧制に幾世紀
大日本は勇ましく立ち上がり アジアを救い 我らを守る
進め 進め 義勇軍 アジアとインドネシアの英雄 清き東洋に幸福を
インドネシア祖国防衛義勇軍のマーチ
●日本の戦争責任を問うならば、それより以前、非人道的な支配と収奪をつづけた欧米の宗主国の
責任はどうなるのか。日本が来たことで植民地支配から解放され近代化がもたらされた。
マハティール(マレーシア首相)
●第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、
偉大なる歴史を残したと言わねばならない。
その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
アーノルド・J・トインビー
●ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。
どうしてインドネシアのよいところを映さない。
こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。
我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。
「お金をくれ」などとは、360年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない。
(日本のテレビ製作会社のドキュメンタリー
「IANFU(慰安婦)インドネシアの場合には」に対するコメント)
ジャマル・アリ(インドネシア・タイムス会長)
●日本のナショナリストや軍国主義者は、黄色人種を白人の支配から解放するために戦争を遂行したと主張した。この中で自分たちの利害を包み隠しているが、真実をついた面もある。
ベトナムやインドネシア、インドなど、欧州諸国に支配されていた植民地諸国の国民による独立運動は、
日本(初戦)の勝利によって加速された。数年のうちに日本は欧州の植民地支配層を追い出し、
こうした支配層の特権が大きく損ねられたからだ。
ドイツの歴史教科書
●かつて不敗を誇った日本軍も半年の死闘に衣服や靴もボロボロとなり、
ささえるものは不屈の精神力だけであった。
日本軍はインパールにおいて、ついに敗れたが、そこには何かが残った。
それは歴史学の権威トインビーがいみじくも喝破したとおりである。
すなわち『もし、日本について、神が使命を与えたものだったら、
それは強権をわがもの顔の西欧人を、アジアのその地位から追い落とすことにあったのだ』
ルイス・マウントバッテン大将(英国軍東南アジア総司令部司令官)
●歴史は、高い理想主義と、目的の高潔さに動かされたある国が、
抑圧された民衆の解放と福祉のためにのみ生命と財産を犠牲にした例をひとつくらい見るべきだ。
そして日本は人類の歴史上、初めてこの歴史的役割を果たすべく運命づけられているかに見える。
ウー・ヌー(ビルマ元外相、1943年8月1日独立時の演説)
●インドが日本のお陰を蒙っていることは、言語に尽くせない大きなものがあります。
偉大な貴国はインドを解放するにあたって、可能な限りの軍事援助を提供しました。
何十万人にものぼる日本軍将兵が、インド国民軍の戦友として共に血と汗と涙を流してくれました。
インド国民軍は日本帝国陸軍がインドの大義のために払った崇高な犠牲を、永久に忘れません。
インドの独立は日本陸軍によってもたらされました。
ここに日印両国のきずながいっそう強められることを祈念します。
ヤダフ(インド国民軍大尉)
●ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、
次々と独立し得たのは日本が育んだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。
ラーマン(元インド国民軍大佐)
●私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。
敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。
しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで
将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ
青少年の教育をおこなってくれたのです。
ノンチック(元マレーシア上院議員)
●大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする
植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。
戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、
というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。
日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”神聖な戦争”であった。
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。
朴鉄柱(韓国、韓国-日本文化研究所)
20世紀初頭の世界情勢。赤が欧米の帝国主義勢力。日本は始まって以来のピンチを迎えていた。
アジア周辺を拡大。日本が国境を接していたのは、中国、ロシア、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ。
●フィリピン、ディゾン画伯
私達フィリピン人は白人支配の犠牲者です。
当時、白人は有色人種を見下していました。
これに対して日本は、世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の”抵抗”だったといえましょう。

神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。
これは私から日本の若者たちへのメッセージです。

かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。これは日本が統治下で施した”教育”の成果です。
ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちで物を作ることを学ぱせてもらえなかった。
人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。
アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした。