文永の役、モンゴル騎馬軍団は5分の1の兵力に過ぎない武士に歯が立たず、たった1日で敗退。
弘安の役、更に江南から10万もの大軍を送り込んだが、日本軍によって皆殺しにされ、僅か3名しか生還で
きず。
この2つの戦いが、その後の日中関係に与えた影
響は大きい。
実は明の朱元璋も、日本に対して武力侵攻をちらつかせ、脅迫をしてきたことがある。
しかし、それに対する日本からの返答は、
「天下は天下の天下であって誰か一人の天下ではないのです。我が国には、水沢の地や山海の洲にも備えがあり、明の武力侵攻を恐れたりはしません」
という挑発的なものであった。
当然、朱元璋は激怒したが、あの強大なモンゴル帝国ですら完敗した日本に、自分が攻め込んでも勝算は無いと考え、泣く泣く矛を収めるしかなかった。
高麗史にある軍議の記述。文永の役の博多の戦闘後。
わずか1日で元軍戦意喪失。
元軍司令官「蒙人は戦に慣れてるがこれ以上は何も得られない」
高麗軍将軍「我が兵少なしといえども既に敵地に入っている。船を焼き背水の陣でまた決戦したい」
元軍司令官「疲れた少ない兵では大軍の餌にしかならない。撤退するしかない」
長刀、此レ倭中国ヲ犯スヨリ始テ之有リ
[日本海賊が中国に攻めてきたときに初めて我々は長い日本刀の力を知った]
彼ラ是ヲ持チテ跳躍光閃シテ前ニ進メバ我兵ハ己ニ気ヲ奪ワレルノミ。
[彼らが日本刀を使って稲妻のように早く攻め込んでくると我ら中国の兵は集中を乱し混乱するのみだった]
倭ハ躍ヲ善クシ、一度足ヲ逆エバ別チ丈余、刀長五尺ニテ、則一丈五尺ナリ。
[日本人はフットワークが巧みで一息で1丈も飛び込んでくる。彼らの日本刀の刀身は五尺あるので一丈五尺も先から斬り込まれる事になる]
我ガ短兵器ハ接シ難ク長器ハ捷ナラズ、身多ク両断ス。
[我々の武器のうち剣などの短めの武器では日本人には近づくことが難く槍などの長柄武器では遅すぎて日本人のスピードに付いていけない、我々の多くが両断されて死んだ。]
本当に、刀が振り下ろされるのをどんなにがんばっても見ることができないの!!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm215282
こんな人たちがごろごろいたなんて、侍は。。。ひぃぃ~