
東海 + 日本海 = 清海(チョンヘ)
韓国と北朝鮮が位置した高麗半島と日本列島の間にある海を、可能ならばロシアまで含めた関連4ヶ国の代表が集まって友好的な交渉を進行して国際的な公式名称を青海(Blue Sea)と命名する国際海洋条約を結んで全世界に宣言することを提案する。そうすれば慢性的な国際紛争の種の一つがほとんど一日ですっきりと解決されるからだ。
青い海という意の清海(チョンヘ)という美しい名称はまだ全世界でほとんど誰も使っていないので、いくらでも可能なことだ。海はただ海であるだけなので本来は何の名称もないが、海の側に住む人々が海の一部分に思いのままに気楽な名称を付ければ紛争が発生したりもする。その理由のために東海という名称と日本海という名称が妥協点を探すことができずに漂流している。
世界の人々の観点で見る時、その海は太平洋の片隅にあるとても小さい海に過ぎない。名称が二個も存在する必要がない。もしそうなら、本当にわずらわしいだけだ。(中略)
もちろん、高麗人の観点で見るならば、その海は高麗半島の東側にあるので東海が合う。しかし局地的な方向感覚による名称を日本を含んだ全世界も無条件に使わなければならないと一方的に主張するならばそれは正しいことでない。国際的な説得力が殆どない思わしくないワガママに過ぎない。その点のために高麗人らがいくら努力しても東海という名称がまともに広まらないのだ。
万一、その海の東側の終わりに日本列島がなかったとすれば、東海という名称の主張に何の問題もなかっただろう。 しかし、そうではないので常時雑音が沸き立つ。特に日本人の観点で見るならば本当に話もならない名称だ。 自国の西側の海をどのように東海と呼ぶことができるかとの論理的な反発がほとんど何の努力をしなくても極めて自然に国際的な説得力を発揮するのは当然の事だ。
いっそ最初から高麗人らがその海を東海でなく高麗海(Sea of Korea)と呼ぼうと主張したとすればその海の名称を囲んだ昨今の対立局面ははるかに易しく展開したかも知れない。まず国際的な説得力の側面において日本人たちと対等な立場に自然に立てるためだ。そうすれば、日本政府はその問題を置いて韓国、北朝鮮政府と真の意味の交渉をせざるを得なくなる。(中略)
余談だが、高麗半島の西側の海は国際的に黄海(Yellow Sea)と表記されている。それでもその海を局地的な名称だが西海(ソヘ)と表記しなければならないと言って頑なに一方的な主張をする高麗人らは殆どいない。知っていながら知らんぷりだ。一貫性がない。日本に対する偏見が存在するという反証だ。軍国主義日本にやられた歴史的苦痛のためにこういった様相を見せるようだ。(中略)
余談だが、始めたついでに高麗半島の南海についても考察したい。その海は厳密に論じれば東シナ海に属する。もちろん、南海という表記は局地的だから韓国地図を抜けば他のどこの国の地図にもない。西海と同じだ。 高麗人らは誰もその海を南海と表記するべきと国際的に主張しない。局地的な名称には国際的な説得力がないという点をあまりにもよく分かっているためだ。
西海すなわち黄海は黄色いという意味だ。 東海すなわち清海は青い海という意だ。 西海の黄色い水と東海の青い水が南海で会えば互いに混ざって緑色の水になる。ならば、その海は自然にも緑海(Green Sea)になる。そしてその緑海という奇抜な名称もまだ誰も使っていない。素晴らしいではないか?高麗半島の三面の海が黄海、清海そして緑海ならばの話だ。
結論だ。高麗半島から見れば東側の海は明らかに東海が合う。しかし、日本列島で同じ海を見るならば西側にあるので西海が合うのにあえて東海と呼べと強要するならば道理に合わない。したがって、国際的な説得力が一度もない局地的な名称を万一、単独表記が駄目なら併記でもしてくれと非論理的な民族的な感性で主張するならば責任ある国際社会の一員として望ましくない。(中略)
東海という局地的な名称よりはいっそ高麗海という日本海と対等な国際的な名称を掲げてひとまず日本を交渉の場に出てくるようにした後、もう少し現実的な清海で相互同意をする方法が賢明だ。もちろん、やさしい問題ではないがロシアが仲裁の役割をするならば不可能でもない。
そういう国際海洋会談の成功自体が建設的に議論されることもない最悪の場合を迎えても韓国、北朝鮮政府は絶対に慌てる必要はない。まず一方的でも高麗半島の東側の海をそのまま清海と宣言して国際的に広く知らしめれば良い。ひとまず清海という名称は局地的な方向感覚によったものではないのでかえって日本海よりもより一層強力な国際的な説得力を整えているためだ。
清海(チョンへ)?
ロシアが仲裁?

韓国人の文章は、無駄に長いだけで 意味が無い。
その内容の ほとんどは、
日本に対する妬み、僻みと
妄想による 自己満足である だけだ。
