○東ジャワのクディリ朝国王・ジョヨボヨの予言(10世紀)
http://en.wikipedia.org/wiki/Jayabaya

私たち王国はどこからか現われる白い人(オランダ人)に拉致されるはずだ,
彼らは魔法の杖(鉄砲)を持って,遠くから人を殺すことができる.
白い人の支配は長く続くが,やがて北方の白い服(落下傘orマフラー)を着けた黄色い人(日本人)が白い人を追い出して,
とうもろこしの寿命の間,この地を支配した後“正義の神様”が支配する祝福される治世が来る.
http://en.wikipedia.org/wiki/Jayabaya
(この予言は、その頃、インドネシアの人々に広く浸透していたため、
インドネシア人は日本軍に非常に協力的だったといいます。
インドネシア映画「ムルデカ 17805」でも、この予言を信じていた現地人が、
オランダ軍を追い払った日本軍人にひれ伏すシーンがあります。)
●ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)
大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは、各国の青年を教育し、
組織し、独立精神を振起した点にある。その遺産は戦後も様々な形で生き続けている。

日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた。
今や真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、
許してはならないと決意するのである。
民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、
西洋の植民地復帰に対抗した。

そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで
進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。(中略)
さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。
(「東南アジアの開放と日本の遺産」秀英書房、256~7ページ)
●Takao Fusayama 前陸軍大尉(通信将校)
私たちはアジアを侵略するために命をかけて戦ったのではないのです.
日本はアジアの民族に協力をもらう引き換えに彼らの祖国の独立を約束していたのです.
日本が負けて日本軍の引揚が近付けば,少なくとも独立軍に武器を残してくれたい日本兵が大勢いました.
そこでマレー半島や,スマトラで捕獲したイギリスやフランスの兵器を密かに渡してくれました.
これは員数外だから無難でした.
治安維持に出動して,独立派を取り締まる姿をして,弾薬を帰る道に残して去る部隊もありました.
日本軍が撤収する時に床下に隠して,次に回収させる手法もよく使われました.
私も通信機器が欲しいと言われて「連合軍から指示が出ている以上,
軍需物資を独立軍に渡すことはできない.
しかし泥棒が盗めば仕方ないな」と言っておいて,わざわざ出張する.
そして連絡を受けた“泥棒”が持って行く.
歩哨は気がつかないふりをして,私も「それなら仕方ないな」ととぼけます (笑).
兵器を渡すだけでなく,自ら独立戦争に参加した日本兵も一人や二人ではないです.
次の年にはオランダが弾圧を本格的に始めて傀儡国家が乱立するとか
地方に共産党ができたりしてインドネシアは戦乱の時代を迎えます.
その中に日本軍が勇ましく争って,外国人ながら 1群の参謀長まで勤めた人もいた位です.
私にも残留してほしいと言われたんですが,破壊された日本の方を何とかしなければならないと思って,
帰国の道に上がりました.
日本人とインドネシア人の和合のために情熱を傾けて献身した終戦後の1年間は,
私において生涯忘れることができない感激の思い出です」
――Takao Fusayama 前陸軍大尉(通信将校).
終戦直後は近衛第2師団渉外部に所属し,連合国,インドネシア独立政府等と多様な交渉に携わる.
前後は東洋歯科医学専門学校,東京医科歯科大学,昭和大学教授を歴任.
医学博士(歯科)として主に虫歯治療で多くの実績をあげる.
日本学士院会長,東京医科歯科大学名誉教授,日本インドネシア友好協議会副会長.

最初のインドネシア国旗を上げるのを手伝う日本兵 左からスカルノ大統領、ハッタ副大統領
●サンパス(インドネシア元復員軍人省長官)
特にインドネシアが感謝することは戦争が終わってから日本軍人約1000人が帰国せず、
インドネシア国軍と共にオランダと戦い、独立に貢献してくれたことである。
日本の戦死者は英雄墓地に埋葬し、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけでは足りないのだ。


カリバタ英雄墓地に参拝する日本首相と生き残り日本兵(現在はインドネシア国軍兵OB)
●P・F・ドラッガー(アメリカ,経営学者)
結局,最後に勝ったのは日本だった.
日本が選択した道,すなわち,自らの力で,近代化をはかると言う道が,
結局,西洋を敗北させた.

日本は,西洋をアジアから追い出して,西洋の植民地勢力の権威を失墜させることに成功した.
その結果,西洋はアジア,その次にアフリカの支配権を放棄しなければならなくなった.
●タイ,ククリト・プラモト首相
「日本のおかげでアジアの国は皆独立した.
日本だと言うママは難産して母体を害したが生まれた子供はのびのびとしている.
今日,アジア人がアメリカやイギリスと対等に話ができることは一体誰のおかげさまか.
それは「自分を犠牲にしてアジアの為に力を出し切った」日本と言うママがいたからだ.
12月 8日は私たちに,この重大な思想を現わしてくれたママが一身をかけて重大決意された日だ.
私たちはこの日を忘れてはいけない.」.」(12月8日, 現地の新聞「サイアム・ラット紙」より

●親日派の弁明より
「敗戦国になった日本は,もう立ち上がることができないと考えられたが,
1980年代の末になると,1 人当りの国民総生産が,
アメリカを追い越すと言う信じられないことが起きた.
このように日本は開国以来,工業化で奇蹟を起こし,軍事力でも経済力でも,
堂堂とヨーロピアンを圧倒した歴史があるため,
日本人は世界中のどこへ行っても敬意を表されている.
今日,世界の人々が黄色人種に対して良い印象を持っていると言えばそれは,
日本のおかげさまだと言っても,過言ではない.」韓国キムワンソプ:親日派の言い訳