今年は報道さえ無かったですが
清渓川の林檎はどうなりましたか?
市民が泥棒だらけなのが恥ずかしくないですか?
韓国
収穫どころか死んでいく林檎の木!
5年目の今年も1個も採れなかった林檎
http://mbn.mk.co.kr/news/newsRead.php?vodCode=459736&category=mbn00009
毎日経済ドットコム(韓
国語) 2009.10.5
林檎と梨など見事な新しい果物が真っ最中収穫される時期です。ところで都心あちこちに植えた果物木では果物実を探してみるのが難しいです。
清渓川について林檎の木が植えられました。去る2005年清渓川復元を記念して忠州市が寄贈したのです。
ソウル市はこちらで刈り取った林檎を生活困難者を助けるのに使う予定です。しかしこのような計画は4年目ただ一度も守られなかったです。
林檎がまともに熟す前に実を取っていく、いくつかの住民たちの為です。今年もやはり見事な林檎は影も形もなくて120株でただ1個の林檎も収穫できませんでした。
ソウル市関係者 「鉄条網も打って、監視も立ってしたが奪われた。来年には有刺鉄線でも立てるつもりだ。」
ここだけ
でなくて松坡区のある道路周辺に植えたまた他の林檎の木も事情は同じです。道端について100株の林檎の木が植えられたが、ここやはり今までただ一度も収穫に成功できませんでした。
あちこちに林檎を取ることは止めようという警告文句を付けて収穫鉄には監視まで立ったが、夜間時間を利用した林檎泥棒を防止できませんでした。
近隣住民「皆、熟す前に取って行く。 」
取っていく人々に大声を張り上げても、全く効
果が無いです。もし常習的に果物を取って摘発されれば刑事立件と同じ法的処罰を受けることになるが、現場摘発
が難しい状況です。結局、全部の林檎と共に見て楽しまなければならない都心の中の情緒が誤った市民意識で消えていきつつあります。
日本
飯田のりんご並木
http://www.city.iida.nagano.jp/namiki/about/index.html
飯田のりんご並木は戦後の復興過程で起きた火事をきっかけに当時の飯田市立飯田東中学校の生徒達の提案により生まれ、今日まで営々と町のシンボルとして、中学校生徒達の手で守られ、育てられてきました。また並木通りは、大火の教訓から町の防火帯としても機能するように考慮されています。昭和27年(1952年)から植樹が始まりましたが、この計画が、市民に 知れると、「街 の真ん中にりんごの木を植えたって、たちまちその実を盗まれるに決まっているじゃないか」と笑う人もいた。
当時はまだ、戦後復興で国民全体が飢えて貧しい時期であったし無謀な計画だとも言われた。
3年目の昭和30年の初収穫の時期になり、6月に確認されていた47個の実のうち、結局は根付かなかったり、落果したり、盗まれたりで4個が収穫出来ただけだった。生徒たちは寂しく収穫し祝った。4つのりんごは、朝日新聞社、高馬進教授、飯田市長、飯田市助役に贈呈した。学友会は総会を開き、全体の意志 統一を図り、困難に負けず、夢が実るまで頑張り抜くことを誓った。
学校にも数百通の激励の手紙が相次いで届いた。生徒たちは全国の心ある人々に支えられていることに心を強くし作業に取り組んだ。
4年目を迎えた昭和31年は、開花、摘花、炎天下の除草など作業が進められ、林檎の木には約
400個の見事なりんごが実った。枯れた木は1本もなく、獲られた林檎は一個も無かった。同
年秋の第三校舎増築記念祝賀会の展覧会には、りんごを山と積んで展示した。収穫したりんごは協力や激励して下さった方々に贈り、大部分は恵まれない施設の人々に贈った。全国に広がる並木の心
昭和60年7月、学校長のもとへ札幌市から一通の手紙が届いた。「札幌にりんご並木が生まれて10周年を迎えたので記念碑を建てることになった。その除
幕式に、飯田東中の生徒の皆さんにぜひ出席していただきたい」という招待状であった。
その後更に、大分県久見市からもりんご並木資料を送ってほしいという依頼があった。飯田市のりんご並木精神をバックボーンにして、単なる商業主義的な市
の宣伝ではない、蜜柑並木を作ろうという構想が生まれたのだという。


焼酎のツマミに最高!…清渓川のリンゴ盗まれる
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=80095
中央日報
朝鮮日報は21日、清渓川のリンゴを誰かが全部もぎ取っている、と報じた。同紙によると、ソウル市は「清渓川沿いにあるリンゴの木116株に、初夏まで
も2500
個のリンゴが実っていたが、いまは28個だけ残っている」とした。
清渓川を管理する施設管理公団は8月に、実りかけていたリンゴ500個がなくなると、「リンゴを守る作戦」に突入した。公
益要員(代替兵役の一種、公益機関の警備・奉仕活動を行なう)とボランティアメンバー、アルバイトの学生まで動員した。「許可なしにもぎ取るな」という警
告板を設け、それでも安心できず「病虫害の防除作業中」と脅かしたりもした。だが無駄だった。
リンゴが盗まれるのは深夜。1、2個をもぎ取るのは普通で、袋などを持ってきて大量に盗んでいく常習犯も少なくなかった。今月15日未明、袋に30個以上
を入れていたところで摘発された40代男は、警察で「完熟する前の酸っぱい味が焼酎のツマミに最高。頻繁にもぎ取っている」と供述。施設管理公団は残った
林檎28個でもきちんと実らせるため、17日、リンゴ周辺の30メートルにわたって網をかぶせた。
このように長野県飯田市の「林檎の並木道」は、半世紀飯 田東中の生徒によって手入れされ、毎年白い林檎の花、秋に実る赤い林 檎は、飯田市の象徴と なっている。多いときでは6000個の林檎が実る、監視も柵も無いが、これを採っ ていく人は居ない。収穫された林檎は生徒と住民で分けている。ソウルの清渓川で植 えた林檎は、120本の木に林檎がなったが熟す前に盗まれて、1個も実らなかった という。ソウル市は最後まで熟せるようにと林檎の並木道に柵を張り巡らせたが無駄 だった。