◆母から聞いた「よき日本」 ◆
戦後、韓国の李承晩政権は、反日、反共ということを 国是として、
それによって 国民をまとめようという政策をとった。
そこで行われたのが、反日教育、反共教育です。私は1956年の生まれですから、
1番強烈にその影響を 受けた世代だと言える。
反日教育について、日本人は野蛮で侵略的民族で、韓国人に対して
冷酷無比な 仕打ちを してきたということが、学校で徹底して 教えられた。
しかし、その学校に入る前に 親から聞いた話。
「畑を無料で貸してもらえ、食べ物や果物を 沢山分けてくれた。
戦時は、自分達の家族の分も 防空壕を掘ってもらい、
空襲の時は、日韓の子供達を 防空壕に入れた後、日本人は最後に入っていた。」
学校に入ると、反日教育を受けた。
それは母の話と 矛盾した。
戦後の韓国では、教養の高い人ほど、反日が酷かった。
だから、両親は教養が無いから 本当の事を知らないんだと 思うようになった。
戦前、日本に行った人達は、日本人の事を褒めていた。
あれは皆、教養が無い人達だったんだと 思うようになった。
◆反日の歴史観への疑問◆
韓国では、日韓併合に関して 日本と韓国の関係しか見ない。
単純に、植民地にした事は悪いという、
加害者と被害者との 関係でしか 見なかった。
勉強会での、日本人は 世界全体を見て、
中国やロシアの行動と比べ、日本はこう対応したという話をする。
これが、私にとっては大きい衝撃で、勉強を始める切欠でした。
分かったのは。当時の韓国は衰弱していて、どうしようも無かった事。
ロシアが半島を取ると日本の安全が 脅かされること。
日本批判だけでは、本当の歴史が見えないことに 気付き、本も出して纏めました。
(『「日帝」だけでは歴史は語れない』)三交社、『韓国併合への道』文春新書)。
◆日韓の人の意見を聞き比べた◆
日本人は、非常に具体的な 自分の経験を 語ってくれました。
韓国人に体験を聞くと、いつの間にか、全体の話に 摩り替わる。
日本人は 韓国人に対して 非常に酷いことをしたと言う。
「では、どんなことがあったのですか」と韓国人に尋ねる。
「姓を奪ったとか、従軍慰安婦として 強制的に 連れて行かれた」と答える。
「では、従軍慰安婦として、連れて行かれたとこを見たとか、誰かから聞いたことがありましたか」と聞くと
「いや、私の周りではそんなことは 無かった」と答える。
さらに、「当時に、そういう噂でも、聞いたことがありますか」と迫ると、
「いや、当時はそんな話は聞かなかった。
けれども、戦後になって調べてみたら、分かった」と答える。
私が「貴方の 周囲が どうであったのか、が大事で 調べている」といくら言っても 話が噛み合わない。
皆、(日帝の悪行は)戦前・戦時中には見たことも、聞いた事も無い、戦後になってから 知ったと言う。
何で知ったのかと聞くと、本で見たと答える。
韓国では、制度を論じたりするのが、歴史を含めた学問であって、
体験は学問の対象にならないと言うのが、知識人の普通の認識ではないだろうか。
だから、日本人の悪行も、抽象的な話しかしないし、
具体的場面では、そんなことが無かったと言う、矛盾になる。
『「反日」と「謝罪」では見えない歴史の真実』呉 善花(オ・ソンファ)
日本政策研究センター発行の「明日への選択」平成13年3月号に掲載