庶民の生活の中での日本人と朝鮮人の関係。
「日本人と直接付き合いあった韓国時のお年よりは、大体に日本人に悪感情を抱いている人は少ない。生活はどうでしたかと聞いて、学校の生活で、いやな思い出をしたと言う話は殆ど有りません。大部分の人が『日本の先生は良い先生が多かったと』言います」
日本人からの聞き取りではこんな話もあります。「韓国の青年達が近所の川辺などで凧揚げなんかをしているのを見て、とても羨ましいと思っていたら、彼らは上手く凧を揚げる方法を色々教えてくれました」
「当時は日本人も韓国人も関係なかった。学校では韓国人の先輩に、厳しく、服装などの問題で指導されたが、それが何時も怖かったw」
「日本が負けてこれからどうなるんだろうと心配しながら、ソウルから釜山まで日本人一家の荷物を運んだ韓国人もいます。また朝鮮生活の長かった日本人からは、親しく付き合った韓国人一家と、別れるのが辛くて、仁川の波止場で泣くだけ泣いて別れたと言う話をたびたび聞きかされました。実際の生活で日本人と付き合った体験のある人々に親日傾向が強くて、実際の体験の無い人々に反日傾向が強いと言うのはどう言う事なのしょう?」
「母から日本人は、とても良い人達だと聞かされていました。また、日本のみかんはとても甘くておいしい。と聞いて、日本へ行って甘いみかんを一杯食べたいと思いました。また、当時は韓国ではお風呂に入る習慣がありませんでした。だから母から、日本のお風呂や、銭湯、温泉の話を聞いて羨ましく思ったものです。。。。」
「学校では生徒達からも先生からも差別をされたことは有りません・・・・・ある奴なんかは電話でかけてくる時は今でも韓国語でかけてきますよ。今なおそれ程親しく付き合っている日本人の同期生が何人もいる、と言うことです。商業学校の恩師の二人は、とても尊敬できる方でした。・・・・・当時の日本人は大変質素でした。私が勤務していた銀行の食堂では日本式の食事をしていました。私自身は当時、日本人に対して悪い印象は全く持っていませんでした」
「クラスでは『お前日本人、俺朝鮮人』と言う区分があるだけで、なんら差別的な事はありませんでした。・・・当時日本人に対して特別な不満はありませんでしたし、日本人と朝鮮人のトラブルもあまり聞いたことがありません。・・・・・特に田舎では、日本人は朝鮮人が怖くて、勝手なことは出来ませんでした。だから日本人から差別されたなどの問題も無かったのです」
「強制連行??もしそんな事をしたら誘拐犯ですよ。懲役刑を受けることになります。いや法律以前に、村の人達にめちゃめちゃにされてしまいます。そのままほうっておくような朝鮮人がいたとは決して思いません。田舎であればあるほど、生活者の連帯意識も、民族意識も強くてそんな彼らが我慢して黙って見ている訳が有りません。そんな世界で女狩りなんてできるはずが無いんです」
この当時生きていた人が少なくなって、今はまったく間違った日本人像や日帝支配が喧伝されている。
また日本に対する事に関しては、いまだに言論封鎖国家の様な朝鮮では、日本の時代が良かったなどとは言いにくい社会になっている。