
迎恩門清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門。
ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた。

三田渡碑(土下座碑)清の太宗が要求したのが、九叩三拝(頭を地にこすりつけて、土下座して謝罪)という屈辱的な礼。
太宗は、朝鮮王朝がこれを忘れないようにと、わざわざ、モンゴル語、満州語、漢語の碑文を作って、その場所に建てさせた。
(文禄慶長の役の後始末がつきかけたのも束の間・・)
大国清の属国高麗国旗貧しい李氏朝鮮時代
1880年代のSeoul 南大門大通り(中心街)
こんな歴史が誇らしいとはwww