この最初の写真、日本の「立ち小便をする京女」です。
2番目の絵はどうやら朝鮮時代の道端に糞尿をする想像絵でしょうか。
3番目は兵士の野営場所のトイレかな。
さて、このスレでは1・2番目の写真を比較して日本と朝鮮のトイレ事情を考えてみましょう。
1番目の絵は京都の女性たちが尿を立ち小便している様を驚きを持って書物にした物です。江戸の人には女性の立ち小便は珍しかったようですが、当時の日本では小便は重要な商品(肥料)なので、日本全国に男性・女性共用の小便桶が町中にあったそうです。いまでいう公衆便所ですね。
江戸時代には小便だけでなく、屎尿自体が重要な商品なので、汲み取り式便所が普及しました。
なお話はずれますが、江戸時代以前は汲み取り式便所でなく、中国や朝鮮と同じような「おマル」、つまり部屋置きの便壺でしたのでトイレ室はありませんでした。大きな寺では下に水を流す「川や(kawaya)」方式で、これは現代でも現存している寺があります。便所を意味する厠(kawaya)の語源だそうで、今でいう水洗便所ですね。
話を戻しますが、江戸時代の川柳に
昨日した小便、京は汁へ入れ〔柳多留 一四七〕
があります。「今日(kyou)」と「京(kyou)」の音で遊んだ句ですが、
「昨日の小便をみそ汁に使った」という、スカトロの話ではありません。
意味は
京都では昨日した小便が、(肥料の回収時に)代金の野菜として、みそ汁の具になった
つまり、商人が小便桶の小便を回収に来て、代金代わりに大根でも置いていったことを読んだ物です。
日本では屎尿は大事な商品ですので、道端などには捨てません。絵にある小便桶の小便も、便所の糞尿も汲み取られ、数日後には回収され、近隣農家へ流通しているのです。
一方、2番目の絵は朝鮮時代の道端で大便や小便をしている絵ですね。近年の人が想像で描いた物でしょう。
朝鮮ではこのような道端で用を足すというのはあまりなく、室内の便壺の中身を道端に放り投げたのが実情ですね。同じ頃のパリ市内でも同じような事をしておりました。
さて、日本では屎尿は回収され、商品として流通していたので、道端は清潔で綺麗。この道路の清潔さは当時の外国人から驚嘆されているのは多くの記録で解ります。
一方、朝鮮時代の糞尿であふれた不潔で臭い道路や家屋の室内、これも多くの記録が指摘するところです。
この日本と朝鮮の違い。これは商品の流通という近代経済社会が、日本では当時から普及していた事が差に表れています。
商品経済が発達していると、清潔につながるわけですね。
(韓国のトイレ博物館の展示品)