やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、この(ry

JRバス東北のバス(仙台駅発新宿駅行)が線路上を走ってきました。
線路上を走るJRバスと聞いて、「DMV」を想像された方には申し訳ないw
残念ながら、この線路はJRの線路ではないようです。

一体この線路は・・・と思っていると、奥の方から「はいはいはーい、私の線路です」と言っているかのごとく轟音が聞こえてきました。
信号待ちの車列に、明らか自動車ではないものが並びました。
都電荒川線を走る東京都交通局7000形車両です。

【飛鳥山で離合する9000形と7500形】
「都電荒川線」は、1974年に都電27系統と都電32系統を統合してできた、現存する最後の都電路線です。
東京都内の路面電車は、東京都交通局の都電荒川線以外には東京急行電鉄の東急世田谷線が残るだけで、貴重な存在となっています。

【明治通りに並行する専用軌道を行く8500形】
多くの都電は自動車の妨げになるとして、1967年から1972年にかけて廃止され、都営地下鉄や都営バスに転換されました。
しかし、現在の都電荒川線に該当する区間は先ほどの国道122号線「明治通り」上の併用軌道区間を除けば、その大半が独立した専用軌道区間だったために廃止を免れました。

【明治通り上の併用軌道を行く新型の8800形。上の電車はJR京浜東北線】
レトロが売りの都電荒川線でも、先述の7000形車両と7500形車両については老朽化が進んでおり、「荒川線の未来を開く、先進性と快適性」をコンセプトとした8800形車両への置き換えが始まっています。

さて、併用軌道区間から目と鼻の先にある「北区立飛鳥山公園」にやってきました。

【6000形一休さん】
ここには昭和53年(1978年)まで都電荒川線を走っていた6000形車両が、昭和47年(1972年)まで国鉄線を走っていたD51形蒸気機関車と共に保存・展示されています。

現在の都電荒川線は王子電気軌道(王電)として、明治44年(1911年)8月に開業したと書かれています。
王電は昭和17年(1942年)に東京市に譲渡されて「市電」となり、翌年に東京府東京市の東京都移行で「都電」となりました。

明治時代の車両は走っていませんが、当時の架線柱はメンテナンスを繰り返し、現在でも使用されています。

「桜ヶ丘女学校裏」という踏切名にも時代を感じさせます。
なお、桜丘中学・高等学校(日本大学付属校とは別法人)は現存ですが、女子校ではなく共学校に転換しています。

【東京都交通局荒川電車営業所】
都電荒川線の車庫は、「荒川車庫」の1か所だけです。
なお、荒川電車営業所は都電荒川線以外に、上野動物園モノレールの上野懸垂線も所管しています。

【5500形PCCカー】
荒川車庫の隣にある「都電おもいで広場」にも昔の車両が綺麗に保存・展示されています。
東京都内には廃車となった車両の安置されている公園が沢山ありますが、整備されず朽ち果てた車両も多いのが現状です。

【大塚駅前で離合する8500形と7000形旧塗装車】
都電荒川線の利用者は年々減少していますが、それでも1日5万2000人が利用しています。

【大塚駅付近から眺めた東京スカイツリー。下の電車はJR山手線とJR湘南新宿ライン(山手貨物線)】
大塚駅近くの「空蝉橋」からも見える「東京スカイツリー」が30日、日本一の高さ338mに到達しました。
都電共々、東京下町の名所として末永く残ってほしいものです。