<再び脚光、鶴居村営軌道 廃線50年>上 村民の支え 記憶の中に
08/07 05:00


タンチョウで知られる釧路管内鶴居村の中心地の広場に、小ぶりな緑色のディーゼル機関車と水色の客車が保存展示されている。
■釧路間2往復
「釧路まで毎日2往復、これで人やあらゆるものを運んでいました」
観光客に説明しているのは、近くに住む小野正彦さん(84)。客が来ると近くの自宅から出てきて説明役を買って出る。
展示されているのは旧鶴居村営軌道の車両で、村の中学校を出た小野さんは軌道が運行休止するまでの約20年間、運転手を務めた。
「軌道は村そのものと言えるほど村民の暮らしと密接に関わっていた」と小野さんは記憶をたどる。
旧内務省下にあった北海道庁は大正末期から昭和初期にかけて、融雪期にぬかるんで使えなくなる道路に代わる輸送路として、「殖民(しょくみん)軌道」の建設を道東や道北の開拓地で盛んに進めた。当初の動力は馬で、レール幅762ミリは在来線の1067ミリより狭く、比較的容易に建設できた。
大正期に福島や富山などから開拓者が入った鶴居では1927年(昭和2年)、中雪裡(せつり)と新富士(釧路市)を結ぶ本線「雪裡線」と支線「幌呂(ほろろ)線」の2路線(総延長約44キロ)が、根室線(厚床―中標津間)に次ぐ殖民軌道として開業した。
■妊婦の搬送も
軌道は米などの食料、木炭、新聞、郵便物などを村に運び開拓民の生命線となった。出張の役場職員や商店に注文を取りに来る釧路の問屋も使った。軌道は戦後、村に移管されて村営となり、機関車や自走客車も導入された。60年代には、釧路に通う高校生のため朝6時台の便が新設された。
小野さんは、体調を崩した村の妊婦を乗せて急きょ深夜に客車を出し釧路まで運んだこともある。「女性が退院し、赤ちゃんを抱いて村へ帰る客車に乗る姿を見た時には本当にほっとした」と思い起こす。
村出身の井上志津子さん(73)=釧路市=は2年半ほど車掌を務め、切符販売などの仕事をこなした。「通学する同年代の友だちや、親しい人がたくさん乗っていました」と振り返る。
村を支えた軌道だったが、道路が整備され路線バスの運行も始まり、68年に廃止された。軌道跡は釧路湿原の探勝路などになり、人々から軌道の記憶は薄れていった。(釧路報道部の高橋祐二が担当し、3回連載します)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/216193
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<再び脚光、鶴居村営軌道 廃線50年>中 企画展成功 活用へ機運
08/08 09:07

「村営軌道は文化資源」と話す石川孝織さん
大ヒット企画となった。
釧路市立博物館が2016年10月から翌年1月まで開いた創立80周年記念企画展「釧路・根室の簡易軌道」。主に釧路管内鶴居村の村営軌道の写真や時刻表など約200点が展示されると、資料の充実ぶりが話題となり、釧路へ足を運ぶ鉄道ファンが相次いだ。
■来館者6割増
鶴居村営軌道の87分の1の模型とジオラマも出展された。制作したのは、釧路市内の鉄道ファン小島祐二さん(56)。鶴居の軌道跡を探索し当時の資料を集め、3カ月かけて完成させ企画展に提供した。小島さんは「当時を知る世代には懐かしく、若者にとっては新鮮。地域の歴史や当時の風景に思いをはせることができる」と話した。
そんな鉄道ファンの勝手連的な盛り上げも手伝って、企画展が開催された2カ月半の来館者は、冬の閑散期にもかかわらず通常の同期間より約6割多い5千人超。人々の記憶から薄れていた鶴居村営軌道に、廃線から半世紀を経てスポットが当たった形となった。
その立役者が石川孝織(たかおり)さん(44)。企画展の立案者で、博物館の学芸員だ。「村と共に歩んだ軌道の歴史の奥深さが反響を呼んだ」と今振り返る。
東京都出身の石川さんは慶応大大学院などで地質学を専攻した。国内で唯一坑内掘りを続ける釧路コールマインに関心を寄せ、研究のため釧路に通ううちに、釧路での就職を願うようになり06年春、学芸員として博物館に着任した異色の人物だ。
博物館で石炭産業を中心に調査を進める一方で、酪農を主産業として発展した釧路・根室管内の歴史にも研究範囲を広げ、鶴居をはじめとした釧根の簡易軌道(戦後に殖民(しょくみん)軌道から改称)の調査に14年から本格的に取りかかった。
■東京でも展示
住民に聞き取りを重ね、運行当時の証言を集めた。鉄道ファンや研究者、沿線自治体から写真などの資料を収集した。その過程で軌道の遺構や車両が多く残っているのに、管理や観光への活用が進んでいないことが気にかかった。「歴史的意義や魅力度は高い。放置しておくのはもったいない。光を当て、活用への機運を高めたい」と企画展開催を思い立ったという。
企画展後、軌道跡を巡る昨年6月のバス見学会は定員30人に対し全国から約100人が応募し、企画展の出品物は東京で昨年8月に開かれた国内最大級の鉄道模型展「国際鉄道模型コンベンション」にも主催者の要請を受けて展示された。昨春発行された企画展記録集の初版2100部は4カ月で完売した。
反響の思わぬ広がりに、鶴居村も動きを起こした。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/216598
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<再び脚光、鶴居村営軌道 廃線50年>下 遺産を未来へ 動き加速
08/09 09:19

修繕のためクレーンでつり上げられた有蓋貨車(茂忠信撮影)
静かな農村の釧路管内鶴居村の村立鶴居中学校グラウンドに7月30日、大型クレーン車やトラックのエンジン音が鳴り響いた。長く生徒たちの野球用具などの収納に使われ、さびが目立つ「倉庫」がクレーンで慎重につり上げられる。土の中から、倉庫の底部に付いていた車輪が姿を現し、見守る関係者から「おお」とどよめきが沸いた。
■貨車「里帰り」
倉庫の正体は、かつて村営軌道で活躍した有蓋(ゆうがい)貨車だ。高さ2メートル、幅1・8メートル、長さ6・5メートルの鉄製で重さ約4・6トン。1960年に釧路製作所(釧路市)で造られ68年の廃線まで、米などの食料品や引っ越し荷物など、雨に当てられない荷物を中心に運んでいた。
「半世紀ぶりの里帰りですね」。つり上げられた貨車を見上げ、釧路製作所総合安全室長の奥山道紀さん(57)は感慨深げだ。村が本年度一般会計当初予算に918万円を計上し、貨車の修繕を同社に委託したのだった。軌道ファンでもある奥山さんは「現役当時の姿をよみがえらせ、住民や全国のファンに末永く大事にされる存在にしたい」と意気込んだ。
急速に高まった村営軌道ブームを受け、村が動きを加速させている。
3月、村内に残る車両や軌道の遺構など7件を、観光資源としての活用を図るため、「北海道の簡易軌道」として北海道遺産の候補に申請した。遺産として登録されれば、シンポジウムの開催や点在する遺構の案内板の整備も検討していく。有蓋貨車の修繕は9月末ごろには終わる見通しで、場所が決まれば村内で展示する方向だ。
■「観光資源に」
今春、旧郷土資料館横の倉庫から、2人乗りの不思議な形の4輪の自転車が見つかった。ブームの火付け役となった釧路市立博物館の石川孝織学芸員に7月24日に来て調べてもらったところ、軌道の保守点検や保線作業の際の移動に使っていた「軌道自転車」だと判明した。村の財産がまた一つ、充実した。
釧路市立博物館も村を側面支援する。12月には簡易軌道の常設展示コーナーを新設し、昨春完売した記録集の増補改訂版2500部を年内に発行する計画だ。
幼少期に村営軌道に乗ったという大石正行村長(58)は「村の歴史を伝える貴重な財産。後世に引き継ぎ、タンチョウや釧路湿原にも負けない観光資源として育てていきたい。鶴居と同じように軌道が活躍した釧路・根室管内の自治体とも協力して、広域観光の可能性を探っていきたい」と力を込める。
かつて村を支えた村営軌道が、半世紀の時を経て、新たな形で村に息づき始めた。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/216933
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旧鶴居村営軌道の遺産 保線自転車、村内で発見
08/08 05:00
鶴居村で発見された保線用の軌道自転車
【鶴居】1927年(昭和2年)に開業し、40年間村と釧路を結んでいた簡易軌道「旧鶴居村営軌道」で保線用に使っていた軌道自転車が、村内で初めて発見された。簡易軌道が走っていた道東の他地域でも同様の車両は発見されておらず、村は当時を伝える貴重な資料として展示する方針だ。
発見された軌道自転車は幅762ミリメートル、長さ約1メートル。自転車2台を横に接続したような形状で、レールの補修や冬季の雪かきなどの保線作業の際に保線区の職員が乗っていたとみられる。閉館した旧村郷土資料館の倉庫内の整理をしている際に、村職員が発見した。
村は自転車を清掃後、既に展示している自走客車や、現在補修中の有蓋(ゆうがい)貨車などと合わせて公開する予定だ。簡易軌道に詳しい釧路市立博物館の石川孝織学芸員は「当時の機材は廃棄されてしまったものも多い中、保存状態もいい。軌道を支えたものとして広く知ってもらえれば」と話す。(高橋祐二)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/216447
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釧路市立博物館が2016年10月から翌年1月まで開いた創立80周年記念企画展「釧路・根室の簡易軌道」
見に行きたいと思って、結局行けなかった。
見たかったなぁ。
( ´-д-)