신년에 들어가 우리는 서로 인사를 주고 받아
「캄사함니다(감사합니다)」라고 하는 말한다.
그러나, 이 인사의 말에게는 아직 청산되지 않는 일본어 잔재가
낫지 않는 감기와 같이 부착해 사용하고 있는 것을 모르면 안 된다.
「캄사함니다」라는 말은 순한국어(우리말)가 아니고, 일본어로서
탄생한 말이다.「감사의 마음」라고 하는 의미를 가진「사의(사의)」는 일본에서
사용되는 한자다.「캄사함니다」를 일본어에 직역하면 다음과 같다.
「관-사[감사]<술 >.복합어~차이[~제]감사제」올바른 일본식 발음은
「칸샤」라고 말하지 않으면 안 된다.
일제 강제 점령 기간에 남몰래 들어 와 우리말과 같이 자연스럽게
사용되고 있는 말이 확실히「감사」라는 말이다.문법을 잘 보면
「감사」는 명사로「감사하는」는 동사다.그러나 캄사나 캄사함니다라고 한다
말은 우리의 주위?`나 오랫동안 사용되어 왔기 때문에, 이 말을 버리는 것은
용이하지 않을 것이다.
우리말에 들어 온 일본의 용어는 다음의 다섯 개의 패턴으로 분류할 수 있다.
①순일본어(괴롭혀 팥소 등),
②일본식 한자어(타카미즈 부지(역주:하천 부지), 망년회 등),
③일본식 발음의 서구 외래어(슬리퍼, 사라다 등),
④일본식 조어의 영어(올드 미스, 포 볼 등),
⑤이러한 혼합형(맨 탄, 요비린)등이 그것이다.
「캄사함니다」라고 하는 인사의 말을 우리말로 바꾸는 아름답다
말이 있다.즉「코마프슴니다」다.이 말은
「타인의 혜택이나 친절을 받아 마음이 즐겁고 흐뭇한」라고 하는 의미를
가진 형용사다.「코마프타」의 어원은 본래「팽이」다.이것은「신, 존경 」
그렇다고 하는 의미다.「코마프타」는「고귀한, 존경하는」라고 하는 의미를 가진 말이다.
「신과 같이 신들 까는 고귀한, 신에 대하도록(듯이) 존경하는」와?`「의미를 가졌다
말이「코마프슴니다」다.혜택을 받은 상대에게 신과 같은 정도 신들 깐다
고귀하다고 생각한다, 라고 하는 의미가 된다.이러한 말을 우리가 항상 사용하면,
서로 존중해 존중되는 사회, 서로를 신들 주위 신과 같이
예우 하는 아름다운 세상이 될지 모른다.이것은 생각한 것만으로도
가슴이 두근거린다.
1960년대, 공병우(안녕・볼우) 타이프 라이터(역주:첫 한글 ・
타이프 라이터)를 발명한 공병우선생님은 다음과 같이 말씀하셨다.
「한글은 돈이며, 로마자는 은이며, 일본 가나는 동이며,
한자는 철이다.」또, 프랑스의 작가 아르폰스・드데
(AlphonseDaudet:1840~1897)는「마지막 수업」로, Prussia군의
침략으로 학교에서 자국어인 프랑스어를 가르칠 수 없어지면, 마을사람과
학생이 모인 교실에서 마지막 수업을 끝내 다음과 같이 말한다.
「비록 국민이 노예가 된다고 해도, 스스로의 국어만 보존하고 있으면
감옥의 열쇠를 잡고 있는 것이다!」
오늘, 어느 시인과 대담중에 이런 말을 (들)물었다.「금년 2009년,
국내외의 경기도 좋지 않다고 하고, 우리의 한글을 세계에 수출해
세계적인 공용어로 해 국제 경쟁력지는 정말 어떻습니까?」
「우리말 작가답게 꿈도 손재주가 있습니다!호 호 호----」
「꿈은 반드시 이루어지기 때문에, 많이 보는 편이 좋다!」
[김・우욘 = 데일리 안 대전 충남 편집 위원]
2009/01/02
캄사함니다는 아직 사용하고 있는 nika?
일제 잔재의 「캄사함니다」
조회수 : 131
JA
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Igawa_kei
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원문보기
日帝残滓の「カムサハムニダ」
新年に入って私たちはお互いにあいさつを交わして
「カムサハムニダ(ありがとうございます)」という言う。
しかし、このあいさつの言葉にはまだ清算されない日本語残滓が
治らない風邪のように付着して使っていることを知らなければならない。
「カムサハムニダ」という言葉は純韓国語(ウリマル)ではなく、日本語として
誕生した言葉だ。「感謝の心」という意味を持った「謝意(しゃい)」は日本で
使われる漢字だ。「カムサハムニダ」を日本語に直訳すれば次のようだ。
「かん-しゃ[感謝]<スル>。合成語~さい[~祭]感謝祭」正しい日本式発音は
「カンシャ」と言わなければならない。
日帝強制占領期間にこっそりと入って来てウリマルのように自然に
使われている言葉がまさに「感謝」という言葉だ。文法をよく見れば
「感謝」は名詞で「感謝する」は動詞だ。しかしカムサやカムサハムニダという
言葉は私たちのまわりで長い間使われてきたから、この言葉を捨てるのは
容易ではないだろう。
ウリマルに入って来た日本の用語は次の五つのパターンに分類できる。
①純日本語(いじめ、あんこなど)、
②日本式漢字語(高水敷地(訳注:河川敷のこと)、忘年会など)、
③日本式発音の西欧外来語(スリッパ、サラダなど)、
④日本式造語の英語(オールドミス、フォアボールなど)、
⑤これらの混合型(マンタン、ヨビリン)などがそれだ。
「カムサハムニダ」というあいさつの言葉をウリマルに変える美しい
言葉がある。すなわち「コマプスムニダ」だ。この言葉は
「他人の恩恵や親切を受けて心が楽しくてほほえましい」という意味を
持った形容詞だ。「コマプタ」の語源は本来「コマ」だ。これは「神、尊敬」
という意味だ。「コマプタ」は「尊い、尊ぶ」という意味を持った言葉だ。
「神さまと同じく神々しく尊い、神に対するように尊ぶ」という意味を持った
言葉が「コマプスムニダ」だ。恩恵を受けた相手に神さまと同じくらい神々しく
尊く思う、という意味になる。このような言葉を私たちが常に使ったら、
お互いに尊重し尊重される社会、お互いを神々しい神さまのように
礼遇する美しい世の中になるかもしれない。これは考えただけでも
胸がときめく。
1960年代、公炳禹(コン・ビョンウ)タイプライター(訳注:初のハングル・
タイプライター)を発明した公炳禹先生は次の様におっしゃった。
「ハングルは金であり、ローマ字は銀であり、日本カナは銅であり、
漢字は鉄だ。」また、フランスの作家アルフォンス・ドーデ
(Alphonse Daudet:1840~1897)は「最後の授業」で、プロシア軍の
侵略で学校で自国語であるフランス語を教えられなくなると、村人と
学生が集まった教室で最後の授業を終わらせて次の様に言う。
「たとえ国民が奴隷になるとしても、自分たちの国語だけ保存していれば
監獄の鍵を握っているようなものだ!」
今日、ある詩人と対談中にこんな言葉を聞いた。「今年2009年、
国内外の景気もよくないというし、私たちのハングルを世界に輸出して
世界的な公用語にして国際競争力を持ってばどうでしょう?」
「ウリマル作家らしく夢も器用です!ホホホー---」
「夢は必ずかなうから、たくさん見るほうがよい!」
[キム・ウヨン = デイリアン大田忠南編集委員]
2009/01/02
カムサハムニダはまだ使っているnika?
「カムサハムニダ(ありがとうございます)」という言う。
しかし、このあいさつの言葉にはまだ清算されない日本語残滓が
治らない風邪のように付着して使っていることを知らなければならない。
「カムサハムニダ」という言葉は純韓国語(ウリマル)ではなく、日本語として
誕生した言葉だ。「感謝の心」という意味を持った「謝意(しゃい)」は日本で
使われる漢字だ。「カムサハムニダ」を日本語に直訳すれば次のようだ。
「かん-しゃ[感謝]<スル>。合成語~さい[~祭]感謝祭」正しい日本式発音は
「カンシャ」と言わなければならない。
日帝強制占領期間にこっそりと入って来てウリマルのように自然に
使われている言葉がまさに「感謝」という言葉だ。文法をよく見れば
「感謝」は名詞で「感謝する」は動詞だ。しかしカムサやカムサハムニダという
言葉は私たちのまわりで長い間使われてきたから、この言葉を捨てるのは
容易ではないだろう。
ウリマルに入って来た日本の用語は次の五つのパターンに分類できる。
①純日本語(いじめ、あんこなど)、
②日本式漢字語(高水敷地(訳注:河川敷のこと)、忘年会など)、
③日本式発音の西欧外来語(スリッパ、サラダなど)、
④日本式造語の英語(オールドミス、フォアボールなど)、
⑤これらの混合型(マンタン、ヨビリン)などがそれだ。
「カムサハムニダ」というあいさつの言葉をウリマルに変える美しい
言葉がある。すなわち「コマプスムニダ」だ。この言葉は
「他人の恩恵や親切を受けて心が楽しくてほほえましい」という意味を
持った形容詞だ。「コマプタ」の語源は本来「コマ」だ。これは「神、尊敬」
という意味だ。「コマプタ」は「尊い、尊ぶ」という意味を持った言葉だ。
「神さまと同じく神々しく尊い、神に対するように尊ぶ」という意味を持った
言葉が「コマプスムニダ」だ。恩恵を受けた相手に神さまと同じくらい神々しく
尊く思う、という意味になる。このような言葉を私たちが常に使ったら、
お互いに尊重し尊重される社会、お互いを神々しい神さまのように
礼遇する美しい世の中になるかもしれない。これは考えただけでも
胸がときめく。
1960年代、公炳禹(コン・ビョンウ)タイプライター(訳注:初のハングル・
タイプライター)を発明した公炳禹先生は次の様におっしゃった。
「ハングルは金であり、ローマ字は銀であり、日本カナは銅であり、
漢字は鉄だ。」また、フランスの作家アルフォンス・ドーデ
(Alphonse Daudet:1840~1897)は「最後の授業」で、プロシア軍の
侵略で学校で自国語であるフランス語を教えられなくなると、村人と
学生が集まった教室で最後の授業を終わらせて次の様に言う。
「たとえ国民が奴隷になるとしても、自分たちの国語だけ保存していれば
監獄の鍵を握っているようなものだ!」
今日、ある詩人と対談中にこんな言葉を聞いた。「今年2009年、
国内外の景気もよくないというし、私たちのハングルを世界に輸出して
世界的な公用語にして国際競争力を持ってばどうでしょう?」
「ウリマル作家らしく夢も器用です!ホホホー---」
「夢は必ずかなうから、たくさん見るほうがよい!」
[キム・ウヨン = デイリアン大田忠南編集委員]
2009/01/02
カムサハムニダはまだ使っているnika?
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