図解:江戸農業 肥料編
1、伊勢平野の平均的農家(nouminn家1960年代)
比較的平坦な沖積平野と洪積台地にまたがって広がる屋敷地の地形です。
この地で農業が始まった時期は定かでありませんが、基本的な営農システムはnouminn家の
旧宅が取り壊される(1970年ごろ)まで、江戸時代からほとんど変化していませんでした。
1:居住区 生活の場であると共に、半分のスペースはふすまや障子を取り払うと村人全員を収容できる間取りになっています。また、2階は養蚕室及びカマドの燃料庫でした。
2:牛部屋 牛は母屋の一等地、日当たりの良い部屋に住んでいました。
3:土間 農繁期でも土足で出入り出来、田植え時の雇用者食堂にもなりました。
4:キッチン カマドを中心に家族がくつろぐスペースでした。
5:カマド カマドは4口で、炊飯・お茶沸かし・副食調理・牛の御飯を同時に出来る強火力型です。
6:キッチン汚水枡 残飯・台所排水を貯める槽です。
溜まった水は畑の追肥として随時使用しました。 7:井戸屋方 井戸は神聖な場所。別棟で風呂場と共用できるような構造になっていました。
8:風呂屋方 風呂は母屋への湿気を避けるため別棟でした。
9:小用トイレ 素焼きの甕で、一定量を保存し、畑への追肥や落ち葉堆肥の醗酵用に使いました。
10:トイレ棟 衛生上、畑の中にありました。 満タンになれば田んぼの各所にある【溜め壷】に移し、春の代掻きまで醗酵させて完熟肥料を作りました。
肥料
Aの流れ:リードタイム1年のプラットホーム型運用
牛部屋は常時新鮮な藁を敷き詰め、定期的に堆肥場に運び出し、完熟させてから水田の元肥として利用しました。
また、トイレの貯留槽のウンコも田んぼに運びストック・醗酵させて利用しました。
Bの流れ:都度使用のストア型運用
カマド及び風呂場の灰は畑作用カリ肥料として、キッチン排水は旱魃時の潅水に主に利用しました。
小用トイレの肥料は野菜類の追肥に利用しました。 塩分とミネラルが野菜の味を良くしていたようです。
1:母屋 居住の場であり、肥料原料生産設備でもあります。
2:家庭菜園(通称裏の畑) 自給自足用作物を作る畑です。
3:開墾畑(隠し畑) 綿花・麦・サツマイモなど換金作物を作っていました。
4:屋敷林 里山に連なる雑木林(燃料採集)、一部建材(自給用)、堆肥用途に管理された山です。
5:庭 100坪ほどの平坦な広場でした。秋の収穫期に籾を干したり、様々な作業をしました。
6:水田 日本の自作農の平均水田面積は1町歩(1ha)です。
この面積が一戸の農家が生産する自給肥料及び牛馬の厩肥のみで耕作できる限界でしょう。
7:野壷(ノツボ) 家から運び出したウンコを貯留し、醗酵させ、代掻き時に元肥として使います。
昔は子供がよく落ちました。
8:厩肥場 牛馬の厩肥を集め、春の代掻きまで堆積・切り返しを行い、完熟した堆肥を作る場所でした。
(稲作用です)
9:堆肥場 山の落ち葉・野菜の残渣・鶏小屋の鶏糞などを醗酵させて作る堆肥。(畑作用です)
換金作物 隠し畑や水田裏作の小麦や綿花は【肥食い】です。付加価値は高いのですが、自家製の堆肥等ではとても足りないので〆粕(イワシ肥料)や豆粕(おからや搾油後のカス大豆)を購入して利用していました。
参考資料
↑運搬具 担荷(タンゴ)
←小用トイレ(タコ)、大型のものが野壷