
朝鮮聘礼使淀城着来図において、通信使と日本人は絵の中でなぜ争ってるのでしょうか?
あれは鶏泥棒をしている絵だ!とか、いや、あれはロッキーもやっていた筋力トレーニングの一環だ!とかさまざまな説が唱えられていました。
では実際はどうだったのか?
絵の本編、つまり渡辺善右衛門自身が残した記録(朝鮮人来聘記)のほうを読んでみました。
そこに絵の部分の該当記述らしき下行場の場面があったので、そこを意訳してみました。
(意訳)
あちらこちらで鶏を去年から囲って卵を産みそうな雛が沢山成長していた。 殿様御用だろうと通信使に出すにしても、これほど馴れ親しんできた鳥を差し出すのは、(鳥に対して)不誠実だよね。
でも(逆らえないから)大阪に俄かに出してきて、二百文づつ、つがいで整えて淀に納めてきた。その中で右の鳥を(まるまる)差し出してくる欲張りは十人に一人ぐらいしかいなかった。
大方籠の中で雌鶏を突き殺したけど、そのときの下行場の音はおびただしいものだったよ。
番いの入った籠はおおよそ三十斗、外にも三十斗。そのほとんどが余っちゃったんだ。(勿体ないよね)
(通信使が)帰国する時には、また方々から納めるって話だ。(ひどい話だ!通信使のほうが鳥に食われればいいのにね!) この間も通信使は三羽の脚を1つに括り、さかさまに馬につけたので、鶏がバタバタ騒いでいたんだ。馬も驚いて暴れるんで、通信使は鞭で鶏をバシバシ叩きながら道を行っていたんだ。(可哀想にね。通信使は地獄に行けばいいよ!)
この鳥、家中でも欲しがる人が誰彼といたんだよね。
富屋理右衛門は鳥を絞めて料理したそうだけど食傷になったよ。(量が多かったのかな?)
村井総太夫も二つ貰って料理したけど、結局腐らせて地中に埋めたみたいだ。(やはり量が多かった?)
田村道入は五月五日に三つ貰って並べて置いて楽しんでたけど、二三日中に無残な形になったみたいだ。(芸術品と勘違いしたのか?)
又京や清右衛門宅では通信使の一人は鶏の頭を切り取り、煮え立つ茶の中に入れて毛を毟り取って持参したそうだ。
あと道入を楽しませた歌を詠んだ人がいるよ。その歌は・・・
坂の上田村入とかの愉しみは、二羽鳥を三吊るニダ顔は朝鮮人。
…あくまで意訳なんで全面的に信用はしないで下さい。
…しかも、低学歴土人の私が辞書片手に訳してる内容なんで「全然信用なんねー」という方は直に淀渡辺家所蔵朝鮮通信使関係文書を読んでください。
ただ私的には、この本全体から渡辺善右衛門は鶏を食う通信使を快く思ってないということが伝わりました。
たとえば小童も揃って鶏を立ち食いする姿とか(第二冊 朝鮮人来聘記 四 巻末)、通信使の上官が無造作に骨を金屏風に投げ捨てながら鳥肉を食べてる姿(第二冊 朝鮮人来聘記 五)とか、そんな醜い姿も書いていたりします。
また通信使が実際そうだったかどうかは別として、鳥に対して「かほどに馴染たる故、遣事ふじつ成」なんて表現することから渡辺善右衛門は通信使よりも肉食そのものを忌み嫌っていたんじゃないかと。
そこで、通信使の饗応に差し出さなければならない鶏を助ける日本人を絵に書き加えた…、そんなふうにも思えます。

結論
私はこの絵の通信使が鶏泥棒をしていると断定できません。

・・・ただ通信使が鶏以外でも泥棒をやっていたのは事実っぽいですけどね。
(意訳) 今回の三使(正使・副使・従事官の三人)は参議だと言う。さてこの前も、江戸浅草で見附(交番)に飾ってあった鉄砲を二挺、官人が盗んだと言う。帰りに品川でこの事を知って成敗したと言う。とかく無礼な奴もいるのだ。

fmdoll89