北洋大臣・李鴻章と金允植の会談(1881年12月1日)
李鴻章「朝鮮では茶があるでしょう」
金允植「全羅道の海岸地方でいくらか産出されておりますが、我が国の人は茶を嗜まないので茶業者はありませぬ」
天津軍機所の総辨・劉薌林との会話(1882年2月21日)
劉薌林「朝鮮の産物中には茶が指折られると聞いておりますがどうですか」
金允植「我が国では喫茶の風習がありませぬので、茶があるかどうかもわかりませぬ。近世の丁若鏞は博識この上ない奇才でございましたが、事件に連座して康津に蟄居中、庵近くの茗樹が茂っているのを見て、はじめてこれを採取して焙用法を教えましたのが、我が国にも茶があることを知るようになった始まりでございます。今日、全羅道の海岸地方の野と山には至るところに茶が茂っておりますが、もともと茶を嗜むという風習はありませぬので、土民もこれを採取製茶して売り、利を得ることも知らず、ただ生え茂るに任せているだけです」
金明培の本に載ってるこの話、どこから出てきたのか、もう一度本を借りて出展を確認してみたところ、どうも文一平の史外異聞秘話の中にある話のようです。
尚、史外異聞秘話が出版されたのは1946年のこと。文一平は1939年に亡くなっていますので、遺稿という形で朝光社という会社が出版したそうです。
いずれにしても…うーん?な話です。

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