kjのバグ(不具合)により、IEで、投稿の写真が見られない現象が生ずる様です。IEで、写真が見られない場合は、Firefoxで、ご覧下さい。
この投稿の、動画は、全て、you tubeから借りて来た物です。
以下の4つで一つの投稿です。以下の4つの投稿を纏めて、ご覧下さい。
東京国立博物館1→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2516521?&sfl=membername&stx=jlemon
東京国立博物館2→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2516519?&sfl=membername&stx=jlemon
東京国立博物館3→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2516517?&sfl=membername&stx=jlemon
東京国立博物館4(当該投稿)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2516516?&sfl=membername&stx=jlemon
10月の後半の土曜日(以下、この日と書きます)、東京国立博物館に訪れた時の事です。
この日は、彼女と休みが合わなかった為、一人で、東京国立博物館に訪れました。
以下、「東京国立博物館3」からの続きです。
以下、東京国立博物館の、収蔵・展示作品例の続きです。
個人的に、近代以降(19世紀後期以降)、日本が、西洋の文化を違和感なく取り入れて、自国の文化に組み入れてしまう事が出来たのは、日本は、近代化前の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、既に文化的には、同時代のヨーロッパと同程度(場合によっては、それ以上に)洗練され、完成されていたからであると思います。極端に、表現すれば、日本の伝統的な文化と西洋の文化は、(少なくとも、表面的には)、異質な物であるのにも関わらず、近代化の前の、19世紀の半ばにおいて、日本は、既に、文化的には、当時の、ヨーロッパと同程度か、場合によっては、それ以上の水準にあった為、日本は、ヨーロッパの国が、他のヨーロッパの国の文化を取り入れるのと同様の感覚で、西洋の文化を取り入れる事が可能であったのだと思います。
また、日本が、西洋以外の国々の中で、早い時期に、近代化に成功した理由としては、近代化前の、19世紀中期において、(当時としては)基礎的な教育の普及により、女性を含めて、当時の、ヨーロッパに比べて、遥かに(ずっと)識字率が高かった事、近代化前の、19世紀中期において、当時の、近代化していない社会としては、商業が、とても発達しており、都市において、大衆が消費をすると言う、文化が出来ていたと言った事があると思います。
以下、「」内。Rutherford Alcock(1809年生まれ。1897年に亡くなる。イギリスの外交官。1859年に、日本に赴任)が、19世紀中期当時の、日本について書いた文です。
「すなわち、彼等の(日本人の)文明は高度の物質文明であり、全ての産業技術は、蒸気の力や機械の助けによらずに到達することが出来る限りの完成度を見せている」。
「全ての職人的技術においては、日本人は問題なしに、非常な優秀さに達している。(日本人は)、磁器・青銅製品・絹織り物・漆器・冶金一般や、意匠と仕上げの点で精巧な技術をみせている製品に関しては、ヨーロッパの最高の製品に匹敵するのみならず、それぞれの分野において、我々(ヨーロッパ人)が模倣したり、肩を並べる事が出来ないような品物を製造することが出来ると言う事をなんのためらいもなしに言える」。
以下「」内、1870年から1874年に日本に滞在した、William Elliot Griffis(1843年生まれ。1928年に亡くなる。アメリカ人の、牧師・東洋学者)が、1870年代当時の、日本の女性について書いた文です。
「日本の男性は、他のアジア諸国ほど、女性に横柄でなく、女性に対して、むしろ、鄭重である(扱い等が、心がこもっていて、礼儀正しく、手厚い)」。
「アジア的生活の研究者は、日本に来ると、他の国と比べて、日本の女性の地位に、大いに満足する。ここでは(日本では)、女性が、東洋の(アジアの)他の国で観察される地位よりも、ずっと尊敬と思いやりで待遇されているのがわかる。日本の女性は、より大きな自由を許されていて、そのため、より多くの尊厳と自信を持っている」。
「欧米諸国の女性と比べ、標準的に見て、日本の女性は美しい物への、あの優雅な趣味では、全く同等の資格があり、服装や個人の装身具においても、よく似合って見える。また、礼儀作法が女性らしく上品である事でも引けを取らない。美(美しさ)、秩序、整頓、家の飾りや管理、服装や礼儀の楽しみを、生まれながらにして愛する事では、一般に、(世界で?)、日本女性に、勝る女性はない」。
日本の文化は、過去と現在で、変化する一方で、ある程度、強い、連続性も有しています。日本においては、変わる物と、変わらない物が、自然と調和しながら、日本の個性を形成しています。日本の文化は、例外もありますが、基本的には、古い物の否定の上に、新しい文化が成り立つのではなく、古い伝統的な文化と先端的な文化が、同程度の洗練性と価値を持って(まあ、洗練されているかしないかと判断するのは、個人の主観の問題ですが。。。)、時には、調和しながら、自然と(違和感なく)、並列的に存在していると言う点に特徴があると思います。まあ、ヨーロッパとアメリカも似たような部分がありますが、日本の場合、そのような傾向が、より顕著なような気がします。
18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)です。
1794年の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)です。
桜の花は、おそらく日本人に最も親しまれている花で有り、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と供に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花は、有りませんが、桜の花は、(菊と供に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。春には、日本各地で、所々で桜の花が咲きます。
「桜(sakura)桜(sakura)」は、19世紀中期、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀中期)の終わり頃から、歌われている、桜を、テーマとした、日本の、伝統的な、大衆向けの、曲(J-pop)です。
以下2つは、琴(koto)(日本の伝統楽器の一つ。伝統的に、女性に好まれる、楽器で、女性の、演奏者が多い)による、「桜(sakura)桜(sakura)」の演奏です。
「桜(sakura)桜(sakura)」は、日本の、イメージ・美意識を象徴する曲の一つともなっています。
これは、25弦の琴(koto)による、「桜(sakura)桜(sakura)」の演奏です。演奏している、女性は、東京芸術大学(19世紀後期創立。東京にある国立の芸術大学。日本の芸術系の大学の中では、最高峰で有ると供に、東京大学、京都大学と並ぶ、日本を代表する、名門中の名門大学)を卒業した、日本の、琴(koto)の演奏家である様です。
18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。琴(koto)を、演奏する、一般人の(おそらく)、女性を描いた物です。
写真以下3枚。18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
19世紀初期から中期の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
1857年の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
18世紀から19世紀初期の、日本の、絵画。
18世紀から19世紀初期の、日本の、絵画。
以下、しばらく、参考に、前に、kjで紹介した内容の、再利用となりますが、日本の女性の、伝統的な髪形の例について紹介します。
勝山(katsuyama)髷(mage)は、17世紀中期に、東京で誕生し、東京の、若い女性の間で、流行した後、17世紀後期(1680年代)から18世紀に、(侍(samurai)階級の、既婚の(主婦の)、若い女性等を中心として)、日本全国の、女性の間で、大流行した(とても流行した)、女性の髪形です。
勝山(katsuyama)髷(mage)の、結い方を(作り方を)、紹介する、you tube動画(2010年頃の動画)。おそらく、東京の、下町(旧市街)(東京中心部(東京23区)の東部。第二次世界大戦において壊滅的な、被害を被ったが、東京の、昔ながらの、庶民的な、住宅密集地)にて。。。勝山(katsuyama)髷(mage)は、17世紀後期(1680年代)から18世紀に、(侍(samurai)階級の、既婚の(主婦の)、若い女性等を中心として)、日本全国の、女性の間で、大流行していた(とても流行していた)、髪形です。
これは、現代において、簡単に、丸髷(marumage)を結う(作る)方法を解説した、日本の、一般人の女性の(おそらく。。。)、動画です(2015年頃の動画)。勝山(katsuyama)髷(mage)が変形した、丸髷(marumage)は、19世紀から、1910年代前半頃にかけて、日本の、既婚の(結婚している)女性の、代表的な(最も、一般的な)、髪形の一つでした。
2012年頃の動画。昔の、日本の女性の髪形と、比較して、現代の、日本の女性の、髪形の例です。日本においては、女性の髪形は、概ね、現代の髪形の方が、比較的、楽ですねw。動画の女性は、三戸 なつめ(mito natsume)と言う、2010年代初め頃から、若い(10代から20代の)女性向けの、ファッション(fashion)雑誌の、モデル(model)として活躍している、奈良(nara)県、奈良(nara)市(関西(kansai)大都市圏(大阪、京都、神戸(kobe)を中心とする、大都市圏。東京圏に次ぐ、日本、第二の人口を有する、大都市圏)に位置する、中都市(中規模程度の、人口の都市))出身の、1990年生まれの、日本の、女性、モデル(model)です(最初は、関西(kansai)大都市圏を拠点に活動していたが、後に、東京に拠点を移す)。
日本人は、西洋の近代的な文化を受け入れたものの、(西洋の近代的な文化は、機能的・実用的で、便利であり、現代の生活文化には、一番、適していると考えているものの)、心の底では(潜在的な意識としては)、西洋の近代的な文化よりも、日本の、伝統的な文化の方が、優れており、洗練されていると言う意識があると思います。
18世紀の、日本の、着物(女性向けの、伝統衣装)です。
写真以下11枚。19世紀初期から中期の、日本の、女性向けの、櫛(comb)と髪飾り(髪に付ける飾り)。
19世紀初期から中期の、日本の、地方領主の妻等の、上流階級の女性が、城(castle)や邸宅が火事になったら、避難する際に、着る、火の粉等から身を守る、頭巾(衣装の上に、頭から被る物)です。
写真以下4枚。19世紀初期から中期の、日本の、印籠(inrou)(外出する際や旅行する際に、薬等、小さな物を入れて、携帯する容器)です。
日本人は、世界で最も初期の頃から、漆(lacquer)を生活用品・工芸品の装飾の為に利用してきた人々の一つであり、日本における、装飾の為の漆(lacquer)の利用の歴史は、縄文(jomon)時代(約16,000年前から2,300年前)の内の、比較的、古い時代まで遡ります。
縄文(jomon)人に関しては、以下の投稿を、参照して下さい。
縄文(jomon)人→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2460632/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
写真以下2枚。17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。おそらく、女性が使う物です。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
1672年の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
写真以下3枚。18世紀の、日本の工芸品。
1758年の、日本の、鏡。
写真以下2枚。1713年の、日本の工芸品。
日本は、16世紀までは、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術においては、世界最高水準の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術を有していた、中国と朝鮮半島(韓国)に比べて、全般的に、遅れていました。個人的に、特に、中世(12世紀から14世紀)の韓国の高麗青磁(Goryeo
celadon)は、当時、世界最高水準の完成度を有していた、陶器(pottery)・磁器(porcelain)工芸品であると思います。
前述の通り、日本は、16世紀までは、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術においては、世界最高水準の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術を有していた、中国と朝鮮半島(韓国)に比べて、全般的に、遅れていました。
日本は、16世紀の終わりに、2回、韓国に侵攻しましたが(この事が、原因で、日本に対して、良い印象・感情を持っていない韓国人が少なくない事は、十分に、理解が出来ます)、その際に、韓国から、優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達が、日本に連れて来られました。
この時、韓国から、日本に連れて来られた、韓国の優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達、及び、その子孫、また、韓国の優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達の作品等に影響を受けた、日本の、他の、陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達等によって、16世紀の終わりから江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)にかけて、日本の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術は、日本国内の需要、及び、日本人の美意識に合わせて、大いに(たくさん)発展し、日本の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、世界最高水準に達しました。
17世紀の、日本の、茶碗(cup)。
17世紀の、日本の、茶碗(cup)。
18世紀の、日本の、茶碗(cup)。
17世紀から18世紀の、日本の、皿。
1695年の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
18世紀の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
18世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
以下、参考に、日本の、女性に関する、伝統文化に関する投稿です。
日本の田舎の広告2 (実質的に、日本の、女性に関する、伝統文化を紹介する投稿にもなっています)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2507535?&sfl=membername&stx=jlemon
この日の夕食は、東京都心部の西部の、私の街(基本的に、静かで、落ち着いた住宅地となっています)の、居酒屋で、彼女と、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)等を)飲みながら、食べました。