韓国の古墳から出てくる金の宝冠に勾玉がたくさん付いている。勾玉の起源は日本なのか韓国なのか? 勾玉にかかわる疑問について解説する。

勾玉の発生地
次のような理由で、勾玉の起源は日本にあると考えられる。
勾玉の発生は日本の方が古い 日本では縄文時代から翡翠の勾玉が出土するが、韓国では5~6世紀ごろの翡翠の勾玉が最初である。 韓国と日本でユニークな丁子頭(ちょうじかしら)勾玉が出土するが、これも日本の方が古い。韓国では、5世紀ごろの遺跡から出土するのに対して、日本では3世紀前半ごろの福岡県平原遺跡から発見されている。日本ではさらに古く縄文遺跡からも出土している。丁子頭勾玉は、勾玉の穴の周囲に丁子の花に似た溝が掘られてていることを特徴とする。勾玉そのものも特徴的な造形であるが、さらにユニークな丁子模様が日韓で共通していることは、偶然の一致ではなく、日本から朝鮮半島に運ばれたものといえる。
日本が最も古い翡翠文化を持っている。
韓国出土の金冠の勾玉は翡翠(硬玉)である。日本では縄文時代の遺跡から翡翠が出てきており、東アジアのなかで、日本が最も古い翡翠文化を持っている。 朝鮮で翡翠の勾玉を使い出したのは5世紀ごろであり、中国では、18世紀からミャンマー産の翡翠が使われている。
日本考古学の扱いに倣って、翡翠を硬玉に限定すると、その産地は、東アジアでは、ミャンマーと日本の糸魚川近辺にかぎられ、朝鮮半島にはない。 『文選』など5~6世紀の中国の古文献に宝石として翡翠の名が現れる。 中国の硬玉は18世紀にミャンマーから運ばれてはじめて使われるようになったので、古文献に翡翠と記されたものは硬玉ではなく軟玉である。
勾玉は朝鮮半島の南部からしか出土しない。
朝鮮半島の勾玉は、日本に近い朝鮮半島の南部からしか出てこない。半島の勾玉が日本から持ち込まれたことを示しているようである。

翡翠に関係する伝承
翡翠(硬玉)産地のこの地域には大国主命と結婚した、奴奈川(ぬながわ)姫の伝承があり、姫を祀る奴奈川神社がある。大国主命は多くの女性と結婚したが、高志(こし)の奴奈川姫と結ばれたのは、翡翠入手と関係した政略結婚ではないだろうか。 また、『先代旧事本紀』では、大国主命と沼河比売との間の子が建御名方(たけみなかた)の命であるとされる。 出雲の国譲りのときに、大国主命の息子・建御名方命は、高天原軍の建御雷(たけみかづち)の命に敗れ、母の故郷に近い諏訪に逃げこんだと記される。建御名方命は諏訪神社に祀られている。
翡翠の出土状況
縄文時代の硬玉は、ほとんどは東日本(関東、東北、北海道)の遺跡から出土する。また、弥生時代になると、越と北九州地方、出雲地方、中国地方など、西日本を中心に盛んに出土する。